3-2
森を抜けると、目の前には美しい湖が広がっていた。
太陽の光を浴びて湖面はキラキラと輝き、木々の緑と奥にそびえる山が映り込んでいる。
湖のほとりに、一軒の建物があった。
白い壁に黒い木の骨組みが浮き出した、二階建ての立派なお屋敷だ。どこかで見たヨーロッパの家って感じ。
三角の屋根に煙突。湖側の二階部分には、ベランダと大きな格子状のガラス窓が見える。
「金持ちの別荘、だろうな」
テオが建物を見上げてつぶやく。
俺には一生住めないような豪邸だ。
「ここにある、もしくはあった可能性は高いが、中を覗くわけにはいかないし、どうするか」
テオがウロウロしながら悩んでいる。
一階部分には小さめの木の窓がいくつかあり、開いている。ガラスは付いていないようだ。この世界では、ガラスは高級品なのだろう。
窓が開いているなら中に人はいるはず。呼び鈴はあるのだろうか。
考えていると、裏口のような小さめのドアから一人の女性が姿を現した。
二十歳くらいの若い女性だ。黒いワンピースに白いエプロン、暗い茶色の髪を後ろでまとめている。
金持ちそうには見えない。メイドさんかな。
「あら、あなた……」
彼女がこちらを見ている。不審者だと思われたかな。どうしよう、逃げた方がいい?
「えーと、テオ君、だったかしら。どうしたの? もしかして、わざわざ来てくれたの?」
テオの知り合いだったようだ。
テオはあいまいな笑顔で女性の方を見ている。誰かわからないのかな。元のテオの知り合いだろうか。
「体はもう大丈夫みたいね。よかったわ。あの時、君が倒れていて、本当にビックリしたんだから」
倒れていたテオを助けてくれた人なのかな。
「あの時は助けて頂き、ありがとうございました。すっかり良くなりましたので、お礼に伺いました」
テオが女性に近づきながら、サラッと言った。
え? 会いに来ましたってことになってるけど、違うよね。俺たちさっきまでここに来るつもりなんてなかったよね。
すごい自然に嘘をついている。恐ろしい子。
「礼儀正しいのね。せっかくだから、お茶でも飲んで……」
ニコニコしていた女性の顔が、急に険しいものになる。
「くっさ!」
けっこうはっきりと言い、数歩後ろに下がる。鼻をつまみ、とても嫌そうな顔をしている。
テオは驚いたような、傷ついたような、悲しげな顔だ。
ちょっと慣れてしまっていたが、俺たちはとても臭いんだった。
「す、すみません。俺が、魔獣よけの匂い袋を持ってまして」
俺は慌てて二人から距離を取り、腰の匂い袋を外した。
でもこれどうしよう。ここら辺に置いておく?
悩んでいると、女性は家の中に入ってしまった。
テオと二人、顔を見合わせていると、女性はシャベルを持って出てきた。木でできているが、先の方だけ金属のようだ。
森に近い方へ歩いて行き、地面を掘り始める。
「それ、ここに埋めてくれる? 帰りはちゃんと送っていくから。私、魔獣よけの魔導具持ってるし」
「あ、はい」
彼女が掘ってくれた穴に匂い袋を捨てる。その後、手で土を被せておいた。
「うーん、まだ臭いわねぇ」
女性は少しテオに近づいたが、また離れる。
「悪いけど、着替えてくれる? 私、中にいるから。着替え終わったら、ノックして」
そう言って、中に入ってしまう。
服、臭いかな。鼻がバカになっているのか、よくわからない。
テオと二人、着替えてドアをノックする。
「だいぶマシになったわ。じゃあ、正面の扉の前で待ってて。坊ちゃんも呼んでくるから」
女性の指示通り、正面の扉に向かう。
「家の中、入れそうだな」
テオが嬉しそうに言う。
「助けてくれた人のこと、知っていたの?」
「メリア先生が、なんちゃら商会の人が〜とか言っていたけど、全然気にしていなかった。テオも意識なかったみたいで、まったく記憶にないみたいだし」
まあ、目的が達成できそうなら、いいか。
何とか魔導具の話を聞き出せるといいんだけど。
ここの人たちは、まったく関係ない可能性もあるが。
「テオです。先日は助けて頂きありがとうございました。昨日、冒険者になりまして、こちらは仲間のユウトです」
テオがハキハキと自己紹介してくれる。
「ユ、ユウトです」
ペコリと頭を下げておく。
広い部屋だ。石に囲まれた暖炉のようなものがある。壁にはタペストリーがかけられ、棚にはガラスや金属でできた置物が飾られている。
中央には、十人くらいは楽に座れそうな、細長い大きな机。
俺の右隣にはテオ、正面には若い男性。テオの正面には先ほどの女性が座っている。
男性は十代後半くらいで、髪は明るい茶色。青い綺麗な目をしている。細身で、きちんとした身なりの人だ。
「はじめまして。僕はザフィール・エーデルシュタイン。エーデルシュタイン商会の三男だ。こっちはメイドのコレット」
ザフィールの俺を見る目は鋭いが、目の下にくまがあり、顔色も悪い。
体調でも悪いのだろうか。病気療養中とか?
「あいさつもしたし、もういいだろ」
そう言って立ち上がり、部屋から出ていこうとする。
「坊ちゃん、せっかく来てくれたんですよ。もう少しお話しされても……」
「坊ちゃんって言うなよ」
坊ちゃん呼びは嫌なようだ。
コレットはムスッとして言い直す。
「……ザフィール様」
「昔みたいにザフィって呼べよ」
ザフィールは、嫌そうにつぶやいて出ていってしまった。
階段を登る音が聞こえる。二階に行ってしまったようだ。
「まったく坊ちゃんは。まあいいわ。三人でお茶でも飲みましょう」
コレットは手早くお茶を入れていく。
「今ここには、私と坊ちゃんしかいないの。お話しする人がいなくて、とっても退屈だったのよ」
「ザフィールさんは、病気か何かで?」
テオも彼を、体調悪そうと思ったようだ。
「違うのよ。たぶん寝不足じゃないかしら。なんかうまくいかないことがあったみたいで、機嫌が悪いの。気にしなくていいわ」
俺は、コレットが入れてくれたお茶を飲む。ハーブティーかな。少しレモンのような味がする。
「テオは冒険者になったのね。おめでとう」
「ありがとうございます。以前からなりたかったので。たまたま知り合いのユウトが街に来ていて、一緒にパーティーを組んでくれることになりました」
「あんなことがあってすぐなのに……。でも、チャンスは逃しちゃダメよね」
「あの時って、オレ、どんな感じでしたか? ぜんぜん覚えてなくて」
「テオ君が倒れてた時? んー、あの時は私と坊ちゃんが街からここに帰る途中で。テオ君は、少し崖みたいになっている所から落ちたんじゃないかしら。私が見つけた時には倒れていたから、よくわからないのよ。教会に運んだけど、その間もずっと意識はなかったわ」
「そうですか」
「孤児院抜け出してたんでしょ。魔獣が出るっていうのに、ホント危ないんだから」
「気をつけます」
テオはすまなさそうな顔をしている。演技かな。
俺はちびちびとお茶を飲んでいる。会話に混ざるのは難しそうだ。
「コレットさんたちは、二人でここに住んでいるんですか?」
テオがコレットに問いかける。
坊ちゃんとメイドが、街から離れた別荘で二人きり。なんか怪しい感じがする。
「住んでるっていうか、まだここに来て三ヶ月くらいだし。今は二人だけど、以前は他の人もいたのよ。一ヶ月くらい前から魔獣が出るようになって。魔獣よけの魔導具もそんなにないから、他の人たちは街にいるの。一週間に一度、食料とかを運んでくれるわ」
「恋人とかではないんですか?」
テオが子供っぽく直球で聞いている。
「私と坊ちゃんはそういうのじゃないわよ! 今回だって、たまたま私が近くにいたから付き添うことになったってだけで」
「そうなんですか。仲良さそうに見えたので」
「私の父がエーデルシュタイン商会で働いているのよ。私も子供の頃から坊ちゃんたちとはよく遊んでいて、幼馴染みたいなものだけどね。お兄様二人とザフィール様は少し年が離れていて、私はザフィール様の二つ上だけど、一番年が近かったの。仲良かったけど、今は私も働いているわけだし、もっとちゃんとしてほしいんだけど」
コレットがため息をつく。
「坊ちゃんは末っ子だし、甘やかされていたのよ。お兄様たちは商売のこともきちんと勉強されているのに。ちょっと魔法ができたからって、調子に乗ってしまって」
「魔術師なんですか?」
「そうみたい。ザフィール様だけができたみたいで、ご家族やお兄様たちもすごいすごいって褒めるものだから、本人もすっかりその気になってしまって。王都にある魔術学校に入ったんだけど……」
「学校に入れるなんて、すごいですよ」
テオも褒めているが、コレットはどんどん渋い顔になっている。
「お金持ちだからね、いろいろやったって聞いたし。でも、結局ついていけなかったみたい……」
ため息をついて、お茶を飲んでいる。
「まだ一年も経ってないのに学校から急に帰ってきて、この別荘に行きたいって言い出して、たまたま近くにいた私も巻き込まれて、こんな所に……。穏やかで綺麗な所。退屈ではあるが危険はないって言われていたのに。魔獣は出るし、家のことから坊ちゃんの世話まで全部一人でやらなきゃいけなくなったし。ホント、最悪」
かなり不満が溜まっていたようだ。愚痴が止まらない。
でも、坊ちゃんのこと、俺たちに話しちゃって大丈夫なのかな。個人情報だよ。
「王都ですごい魔導具を手に入れた、とか言って、家にこもってるし。せっかく綺麗なところに来たんだから、散歩でもすればいいのに。あ、魔獣が出るから危ないんだった。でもここ二、三日は魔獣見かけないわね。鳴き声も聞こえないし」
魔導具!
俺がテオの方をチラッと見ると、テオもこちらを見ていた。
やっとほしかった情報が手に入りそうだ。
「すごい魔導具って、どんなものなんですか?」
「それが教えてくれないのよ。これがあればすべてうまくいく、とか言ってたけど。最初は二階のお部屋に置いてあったんだけど、うるさいとか言って。今は一階の空き部屋に置いてあるの。別に、何の音も聞こえないんだけどね」
「魔導具、見てみたいなー」
テオが好奇心旺盛な子供のようだ。
「見るくらいいいんじゃないかしら。私も見たけど、何なのか全然わからないわよ。坊ちゃんに聞いてきてあげる」
コレットは席を立ち、ザフィールのいる二階へと向かっていった。




