3-1
早朝、テオと二人で森に向かう。
木漏れ日が朝露に反射し、キラキラと緑を輝かせている。
鳥のさえずりが心地よく響き、風が葉を揺らす音が耳を撫でる。
澄んだ空気に森の匂いが溶け込み、呼吸するだけで気持ちが落ち着いてくる。
これが森林浴。マイナスイオン。
自然っていいなぁ。
体が軽く、スタスタ歩けるのもいい。ハイキングってこんな感じなんだ。痩せていると、歩くだけで楽しいんだな。
「ユウト、ちょっと、待ってくれ」
後ろの方から声をかけられる。
テオはゼイゼイと荒い呼吸をして、木にもたれかかっている。
「ごめん、歩くの速かったかな」
街を出てから一時間くらいは歩いていると思う。
テオは小さいので、歩くスピードに気をつけないといけなかった。
「ちょっと、休ませてくれ」
ちょうど座れそうな石があった。二人で腰かけて一息つく。
テオはずいぶん疲れているようだ。荒い呼吸、汗もかいている。革の水筒を取り出し、水を飲んでいる。
俺はマントを脱いで、リュックにしまった。木に引っかけそうだし、周りに人もいないし、構わないだろう。剣は、無理やりリュックの隙間にぶっ刺しておく。斜めに飛び出しているが、腰に下げるよりは邪魔にならないだろう。
「魔獣よけ、出しとかないと」
俺はリュックの中から、魔獣よけの匂い袋を取り出す。
包みを解くと、強烈な臭いがした。
夏に数日放置した、汗だくのシャツ。蒸れた頭皮が乗っていた枕。少し懐かしいような、とても不快な香り。それに、夏場の公衆トイレの臭いを混ぜたような。
「く、臭いな」
テオは顔を遠ざけ、鼻をつまんでいる。
店の人が、森に着くまで開けるなと言っていた理由がよくわかる。臭い。
でも、これで安全になるのなら仕方ない。
俺は紐の付いている小さい袋を手に取り、腰のベルトに括り付ける。
「ユウトは、臭くないのか?」
テオはすごく嫌そうな顔をしている。
「臭いけど、魔獣のほうが嫌だし」
包んであった紙をリュックにしまう。
もう少し休憩して、俺たちは再び歩き出した。
ひとまず、テオがまだこの体だった時、魔獣に襲われた場所を目指している。
テオが先導しているのだが、気づけば追い越してしまっている。俺自身も来たことがあるような不思議な感じがして、つい足が進んでしまう。この体が、覚えているのだろうか。
「うわっ」
テオの慌てたような声がして振り返ると、思い切り地面に突っ伏して転んでいた。
「だ、大丈夫?」
急いで駆け寄る。
テオはノロノロと起き上がった。痛かったのだろうか、涙目になっている。
「臭い……。この体、何でこんなに動きが悪いんだ。すぐ疲れるし……」
ボソリとつぶやくと、テオの目から涙がポトポト落ちてきた。
泣いてる! どうしよう。
見た目は十歳だが、中身だって十七歳。この世界では大人扱いなのかもしれないが、やっぱりまだ子供だよな。
今までは、何でもできるチートな体で生きてきたんだ。急に何の能力もない普通の子供になったら、困惑するよな。もっと彼の気持ちを考えないといけなかった。
ギルドでも、うまくできないのは体力のせいだと思っていたようだし。あの時、もっと何か言えていたら……。
いや、俺にそんな気の利いたことが言えるはずがない。今だって、何を言ったらいいのかわからない。
泣いている子供の対応なんてしたことがないし、どうしよう。
俺は結局何も言えず、しゃがみ込んで彼の頭を撫でた。
頭を撫でられるのなんて嫌かな。相手が女性だったらセクハラで訴えられる行為だ。男性でも訴えられるか?
「す、すまない。大丈夫だ」
テオは袖口で涙をぬぐい、立ち上がった。泣いたからか、顔が赤い。
「その、臭いが、目に染みて……」
泣いていたことをごまかしたいのだろうか。
「えーと、痛いところはない?」
「大丈夫だ」
テオは先に行ってしまう。
俺はゆっくりめに、その後を付いていった。
「ここ、だな」
テオと俺は、少し開けた場所にたどり着いた。大きめの石が転がっている。
ここが、魔獣に襲われた場所。
キョロキョロとあたりを見回すが、獣がいるような感じはしない。
テオは首を傾げて、不思議そうな顔をしている。
「何か変な感じはしないか?」
「変な感じ?」
「魔力が濃いような、溜まっているような。以前来た時は、ここら辺一帯がそんな感じがしたんだ。今は、オレの魔力が少ないから感じないだけなのかも」
魔力が、濃い?
体内にある魔力は、何となくわかる。何かすごいありそうな感じ。あまり意識してはいけない気がする。
それと同じものが、空気中にも、うっすらとある気がする。
「あるけど、薄い感じがする」
「そうか」
テオは石の上に座った。俺も別の石に腰を下ろす。
「一ヶ月くらい前、隣の街でこの森に魔獣が出たって話を聞いたんだ。普段はもっと山の方にいるらしいが」
街から森に向かっていた時、奥の方に山が見えていた。あそこのことだろうか。
「魔獣は人間よりも魔力に敏感だから、魔力に変化が起こるような何かを感じて山から下りてきたんだと思う」
「……そもそも、君は、何で森にいたの?」
俺はふと、疑問に思ったことを口に出す。
そんな魔獣が出ると話題になっている所へ。ただの散歩ではないだろう。
魔獣討伐の依頼を受けたのなら、冒険者ギルドに顔を出していないのは変だし。何か目的があって、ここに来なければならなかったのだろうか。
「オレは、と言うか、オレの知り合いが、魔導具の研究とかをしている人で。その人に頼まれて、調査というか、収集とかしていて。魔力が急におかしくなっている場合、魔導具が原因になっていることが多いから。それで……」
テオが言い淀んでいる。
あまり知られたくないことなのかな。
彼の素性に関しては、彼自身何も言わないし、スルーしている。見た目や振る舞いから、そこそこいいところの子なんだろうな、とは思っているが。
俺の素性だって、言ってもわからないだろうからあまり言ってないし。彼の素性を聞いても理解できる可能性は低いし、現状必要のない情報だ。
関係を悪くさせないためには、プライベートは詮索しないに限る。
「えーと、俺たちがこんな風になった原因の魔導具のせいで、魔力がおかしくなって魔獣がやってきた、ってこと?」
「たぶん。ただ……今、魔力が落ち着いているのなら、魔導具が別のところに移動したのかもしれない。もしくは、壊れた……とか」
テオの口調が暗い。
どこかに運ばれてしまっていたら、探すのが大変だ。もし壊れていたら、もうどうしようもないってこと?
「もう少しこの辺りを探そう。運ばれたにしても、痕跡はあるだろうし」
テオは立ち上がり、森の奥に進んでいく。
ひとまず、魔獣の心配はないってことだろうか。
彼は魔導具に詳しいようだし、現物を見ないことには何とも言えないだろう。
俺はテオの背中を見守りながら後を追った。




