夜への移行
揺れは、10:35。
三秒半。
教室の空気が、はっきり重くなる。さっきまで同じ体積だったはずの教室が、急に密度を増したように息が詰まる。
数名が顔色を変え、椅子の背に指をかけた。立ちくらみ――というより、身体の内側を揺すられて平衡感覚が遅れる。
志乃は目を閉じる。
(制御)
呼吸を深く、短く。霊気を外へ押し出さない。内側に沈める。
いつもの手順。いつものはず。
だが今回は、塔の揺れと同時に――
学院の霊気灯が、一瞬だけ明滅した。
ほんの瞬間。
照明が落ちたわけではない。光が“薄く”なり、次の拍で何事もなかったように戻る。
誰も声を上げない。
けれど、全員が見た。
見たうえで、見なかったふりをした。
揺れは収束する。塔は直線に戻り、教室は「いつも通り」を再開する。
ただ、霊気灯の明滅だけが、胸の奥に残った。
放課後。
帰り支度の雑音の中で、古本が低く言った。
「夜にも来る」
断言ではない。予測だ。
それでも志乃には、宣告に聞こえた。
志乃は家に戻る。
時計は22:33。
胸が、波打つ。今日一日抑えてきた“薄い揺れ”が、今は抑える前から形を持っている。
都市の外に出たわけでもないのに、都市の中心と同じリズムが近づいてくる。
22:34。
揺れ。
今度は塔も、はっきり明滅した。
昼間のような“気のせい”ではない。光が確実に脈を打ち、空気の重さが一拍遅れて追いつく。
夜に移った。——いや、「夜にも」来た。
周期は縮み続けている。
都市はまだ平穏だ。警報も鳴らない。ニュースも平常のまま。
だが揺れは、昼と夜の境目を越え始めた。時間帯を選ばなくなってきた。
制御塔が揺れているのか。
都市が揺れているのか。
それとも――
志乃が、揺れているのか。
答えのない問いだけが、胸の奥の波と一緒に残った。




