制限
学院に、新たな通達が出た。
掲示板の最上段。淡い文字が、やけに冷たく見える。
出力訓練は当面、最大値の60%まで
理由は書かれていない。
けれど「理由が書かれない」という事実だけで、十分に理由になっていた。
西野が肩をすくめて笑う。
「半分縛りかよ。ビビりすぎだろ」
笑い方はいつも通りなのに、声の芯が少し乾いている。
古本が隣で言う。
「塔の循環量も、0.1%落ちている」
「0.1って……誤差じゃねえの?」
西野が言いかけて、途中で止めた。
最近、誤差という言葉を軽く扱うと痛い目を見る。全員がそれを学び始めている。
志乃は校舎の窓越しに、スカイ・ピラーを見た。
塔の光が、ほんの少しだけ弱い。
“明るさが落ちた”というより、光の密度が薄い。白が、白のまま痩せている。
気のせいではない。
自分の中の波が、その変化を「正しい」と言ってしまう。
昼。
10:37。
時計の表示が、その数字に変わった瞬間――来た。
窓の外で、スカイ・ピラーの先端が揺らぐ。
昨日より一分早い。揺れは三秒。
空気が重くなる。教室の隅々まで同じ重さが満ち、誰かの咳払いが喉で潰れる。
志乃の呼吸が乱れた。
胸の奥の波が、強く引き上げてくる。抑え込む前提で構えていたはずなのに、今度は“押さえる手”のほうが遅れる。
(制御——)
意識を沈める。
出力しない。漏らさない。そう決める。
それでも。
抑えきれない微光が、指先に滲んだ。
掌の外に出すつもりはなかったのに、皮膚の薄いところから、光が「汗」のようににじむ。弱い。ほんの一瞬。だが、確かに見える。
隣の西野が、それを見た。
何も言わない。
驚いた顔も、からかう顔も作らない。
ただ一度だけ志乃の指先を確認して、すぐ視線を逸らした。
見なかったことにする、という選択。
その優しさが、志乃にはいちばん怖い。
揺れが終わると、塔はまた完璧な直線に戻った。
教室の呼吸が遅れて戻り、神代教官のチョークが再び動き出す。
何事もなかったかのように。
夜。
西野の家。
父親がテレビを消した。画面が暗くなり、部屋の静けさだけが残る。
父は少し間を置いてから、低い声で言った。
「中央塔内部、立入制限だ」
西野が身を乗り出す。
「事故か?」
「いや……“念のため”だ」
その言い方が、いちばん悪かった。
安全のための言葉なのに、「安全ではない」を隠すための言葉に聞こえる。
西野は、初めてはっきりと不安を覚えた。
笑いで誤魔化せない種類の不安を。




