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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第1章 周期と位相

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5/81

減衰しない波

AM10時38分。


昨日より、さらに一分早い。


教室は静まり返っていた。

誰もが時計を見ていないふりをしている。見ていないふりのまま、全員が同じ秒を待っている。


志乃は背筋を伸ばし、呼吸を整えた。


胸の奥の波は、もう始まっている。

まだ何も起きていないのに、身体のほうが先に“合図”を受け取っている。


(来る)


10:38


窓の外――スカイ・ピラーが揺らいだ。


昨日より、わずかに長い。


三秒半。


空気が重くなる。教室の音が沈む。紙の擦れる音すら、床に吸い込まれるみたいに鈍くなる。

数名が、堪えきれず小さく息を漏らした。


志乃の内側が強く引き上げられる。

胸の奥から、押し上げられる。抗えない浮力。


(制御)


出力を抑える。

机の縁が白くなるほど握り込む。


光は出ない。

出さない。


皮膚の上ではなく、内側で波が暴れているのがわかる。それでも――掌の外へは漏らさない。


教壇の神代教官は、何も言わなかった。

叱りもしない。慰めもしない。ただ、黒板の前に立ち続ける。


けれど手元の端末は、開かれたままだった。画面の表示が更新されるたび、淡い光が指先を照らす。

志乃はそれを見逃さなかった。


揺らぎが収束すると、塔は再び完璧な直線に戻った。

教室の呼吸だけが遅れて戻り、誰かのペンが「今まで止まっていた」ことを思い出したように動き出す。


昼休み。


屋上。


フェンス越しに見えるスカイ・ピラーは、相変わらず遠く、相変わらず中心にいる。

なのに志乃には、昨日より塔が近く感じられた。距離が縮んだのではなく、自分が引っ張られているような。


古本が端末を差し出し、志乃と西野に画面を見せる。


「揺らぎは収束していない」


表示されたグラフは、教科書で見る“正常な減衰”と違っていた。

通常なら、微細変動は時間とともに摩耗して、波は平らになっていく。


だが今回の波形は、違う。


古本の指が、山の高さを順に辿る。


「振幅が毎回、わずかに増えている」


西野が眉をひそめる。


「……誤差じゃないのか?」


「誤差は増幅しない」


古本は言い切った。淡々としているのに、逃げ道だけは塞ぐ言い方だった。


志乃は黙って塔を見た。

完璧に見えるものほど、わずかな変化が刺さる。


夜。


志乃の部屋。


時計は22時36分。

昼ではない。塔が揺れる時刻ではない。


それでも胸がざわつく。

ゆっくり、規則的に――同じ周期で。


(……昼だけじゃない)


波は都市ではなく、自分の中で刻まれている。

塔の揺れに引きずられているのか、塔より先に“同じ型”を覚え始めているのか。


志乃は目を閉じた。


霊気を内側に沈める。水面を手で押さえるみたいに、意識で波を底へ沈めていく。

波は確かに弱まる。


だが、消えない。


抑えても残る微細なうねりが、胸の奥で「次」を数えていた。

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