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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第2章 第三の位相

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断線

中央局・危機対策フロア。

壁一面のモニターは、夜のまま昼を迎えていた。


スカイ・ピラーの出力。循環路負荷。区域別霊気灯の電圧。交通管制の遅延ログ。

そして、同期一致率――0。


共鳴点、消失。


「……対象波形、再捕捉できません」


観測員の声が乾いていた。否定ではなく、報告の形をした現実確認。


主任が机を叩くでもなく、ただ言った。


「“消えた”じゃない。都市内にいないだけだ」


言い換えても意味は同じだった。

志乃は、都市の中からいなくなった。


波形が、都市の前提から外れた。


医療室。


三条は簡易ベッドの上で目を開けた。額に貼られたセンサーが、起き上がる動きに合わせて微かに軋む。


「……状況」


報告役の職員が、端末を胸に抱えたまま答える。


「護送車、半壊。後続車、横転。民間被害は軽微、ただし幹線は一時封鎖。

対象――綾崎志乃は行方不明。最後に確認された位相残滓は“塔と非同一”。外部強制共鳴の可能性が高いです」


三条は目を閉じ、呼吸を整えてから言った。


「内部犯ではない。外部勢力だ」


職員が頷く。


「携行型共鳴機とみられる痕跡が出ています。出力は短時間ですが、干渉強度は過去最大」


三条の指がシーツを掴む。力が入った。


「外縁部……結界の外だ」


彼は頭の中で、あの歪み方を反芻する。塔由来の揺れとは違う、粗い位相。制御ではなく奪取。

あれは“事故”ではない。都市を試す手つきだった。


中央局・緊急会議室。


円卓の中央に投影されたのは二本のグラフだった。

塔の波形。都市の循環。どちらも乱れている。乱れ方が“落ち着き”ではなく、“支えを失った揺れ”に近い。


技官が報告する。


「共鳴源消失後、逆位相は一時的に減衰しましたが、循環バランスが崩れています。

現在、塔の自律制御のみで補正中。持続可能時間は――短い」


誰かが問う。


「停止は?」


制御主任が言い切る。


「全域停止は最後の手段です。半日では済まない可能性がある。復帰時に再同調が取れなければ、都市機能そのものが割れます」


別の席が反論する。


「ではどうする。共鳴源は消えた。戻る保証もない。塔はこのままでは不安定化する」


沈黙が落ちた。


“都市を守る”という結論の中に、“誰を守るか”が混ざっている。

そこに志乃の名前があることを、誰も口にしない。


三条が、まだ本調子ではない声で割り込む。


「対象は拉致された。外部から“持ち出された”。

……こちらが迷っている間に、相手は次の手を打つ」


会議室の空気がわずかに変わる。

事故対応から、対抗措置へ。


「外縁部の監視を上げろ。位相ノイズの発信源推定を最優先。

そして、塔の維持計画を二段構えにする。『戻らない』前提と『戻す』前提、両方だ」


制御主任が苦い顔をする。


「戻す、というのは……」


三条は答えない。

答えれば、都市が“個人を取り戻すために動く”ことを認めることになる。中央局は、そういう言葉に弱い。


代わりに彼は、事務的な形に落とす。


「対象奪還は、都市安定化の必要条件になった。以上」


学院。


昼休み前の廊下は、普段より静かだった。

霊気灯は点いているのに、明るさが信頼できない。昨日の暗転が、全員の目の奥に残っている。


西野遼は壁際で端末を握り、受信履歴を見つめていた。父からの短いメッセージ。


「志乃は拉致。中央局が“外部勢力”と断定。

幹線で事件。詳細は話せない」


話せない、が一番怖い。

職務上の沈黙は、だいたい最悪の現実を含んでいる。


西野は古本を見つけると、廊下の端に引っ張った。


「……古本」


古本は一瞬だけ目を上げる。


「来たのか」


西野は声を落とした。


「親父から。志乃、拉致された。中央局が外部勢力って言ってる」


古本の表情は変わらない。けれど返事が遅れた。


「……一致率ゼロのままか」


「知ってたのかよ」


「公開ログで“消え方”が不自然だった。塔の波が、戻らない揺れ方に変わってる」


西野は拳を握る。


「ふざけんな。あいつ、連れてかれて……塔はまた暴れる。

結局、志乃がいないと都市が持たないってことか?」


古本は首を振った。


「“志乃が原因”だったなら、消えた瞬間に安定する。

実際は逆だ。塔は支えを失ってる。つまり――因果は一方向じゃない」


西野は息を吐いた。


「じゃあ、どうする。俺らにできることあるのかよ」


古本はポケットから紙のメモを出した。相変わらず手書きだ。数値と時刻と、区域名。


「外部ノイズの推定発信源。外縁部。昨日の干渉の“立ち上がり”は、塔の位相と似ていない。

でも、志乃の波形に“噛んで”いる。噛み方が雑だ」


「つまり?」


「相手は共鳴を理解してる。でも、制御はできてない。奪うだけだ。

……なら、また痕跡を残す」


西野が眉をひそめる。


「また来るってことか」


古本は頷いた。


「来る。あるいは、移送する途中で“調整”する。

その時に、ログは必ず揺れる。都市側が隠しても、完全には消せない」


西野は唇を噛んだ。


「親父に聞く。できる範囲でいい。外縁の監視ログ、交通の瞬断、霊気灯のドロップ……何でも」


古本は淡々と言う。


「俺は公開系を全部拾う。学院ユニットのログも。

一致率がゼロでも、“ゼロの揺れ方”に癖が出る」


西野は苦笑した。


「相変わらず変態だな」


「統計は嘘をつかない。嘘をつけるのは人間だけだ」


短い会話のあと、二人は同時に黙った。

“志乃がいない”という事実が、言葉の外側に重く置かれている。


西野が最後に言う。


「……取り返すぞ」


古本は頷く。言葉は足さない。

足すと、誓いではなく希望になってしまうから。


中央局・観測室。


新しいアラートが一つ上がる。


外部位相ノイズ:散発

発信源推定:外縁部/旧開発区画方向

パターン一致:低—中

備考:塔内部“空白時間”と類似


三条は椅子に座ったまま画面を見る。

視線が、わずかに鋭くなる。


「……同じ癖だ」


誰にともなく呟く。

都市の外で、都市の中心を真似る波が動いている。


そして、その波の中に志乃がいる。


会議室の扉が開き、指示が落ちた。


「外縁封鎖準備。警護増員。塔の出力制限、さらに一段階。

――次に来る揺れは、都市が受け止める」


受け止める、という言葉が、守るの意味にも、押し潰すの意味にも聞こえた。


空は曇天のまま。

それでも都市は今日も動く。動かさなければ、止まってしまうから。


そして止まることが、今いちばん許されない。

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