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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第2章 第三の位相

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第二核

音は、相変わらず薄かった。


旧開発区画の空気は、東都研究都市の“均質な静けさ”と違う。

塔の循環が届かないぶん、静かなのに落ち着かない。壁の冷たさがそのまま残り、時間だけが軋む。


志乃は椅子に座らされていた。手首の霊気抑制環は、締め付けではなく“鈍らせる”程度。外に出る力だけを刈り、内側の波は残す。


胸の波はある。

でも、塔の応答はない。


その断線が、まだ身体に馴染まない。


扉の外で鍵が回る音。

開いて、俵屋が入ってくる。


黒い上着。無駄のない所作。視線は志乃ではなく、まず室内の計器に落ちる。観測の癖だ。


「歩けるか」


「……歩けます」


俵屋は頷き、短く言った。


「来い。確認する」


廊下は古い。床の継ぎ目がところどころ浮き、天井の配管が露出している。

だが途中から、光の質が変わる。白が強くなる。


仮設機器のある区画。


金属のラック。冷却ファンの低い唸り。床に這うケーブル。

そして、奥の部屋。


小型の共鳴装置――第二循環核。


中心部のフレームは塔に似ている。霊気を束ねる骨格。位相を揃えるための制御輪。

ただし塔と違って、“静かに見せる余裕”がない。薄いノイズが空間に残る。


志乃の胸の波が、勝手に立ち上がった。


(反応してる)


俵屋はそれを見ていた。目で見るのではなく、皮膚の下の揺れを読むように。


「抑え込め」


志乃は息を沈める。内側へ。沈める。

それでも波は消えず、装置の前で“形”を持ち続ける。


俵屋が端末を操作すると、モニターに二本の波形が出た。


ひとつは志乃。

もうひとつは、第二循環核の内部波。


重なりかけて――ズレる。


「まだ合わない」


俵屋は淡々と言った。


「合えばどうなるんですか」


俵屋は一拍、答えを選ばないまま置いた。


「都市の外でも循環は作れる」


志乃の背筋が冷える。


塔の外で循環が作れるなら、都市の制御は“唯一”ではない。

都市が守ってきた前提が、外側に持ち出される。


俵屋は志乃に視線を戻す。


「君は接続されていた。繋がっているなら、切れる。切れるなら、繋ぎ直せる」


志乃は言葉を失う。


繋ぎ直す。

どこに。何に。


問いが口に出る前に、俵屋が続けた。


「今は試すだけだ。壊すな。押し出すな。合わせるな」


命令というより注意だった。

“事故”が起きるのを知っている言い方。


同じ時刻。


中央塔・制御室。


一致率はゼロのまま。

志乃の波形が戻らない。


それなのに、塔は落ち着かない。


「逆位相、散発的に増大」


技官が報告する。


「外縁部方向から、位相ノイズ。周期性は薄いが、癖がある。例の空白ログに近い」


制御主任が言う。


「外縁封鎖の準備は」


「進行中です。ただし完全封鎖は物流に影響が——」


「物流より先に都市が落ちる」


短い言葉で切られ、室内が静まる。


三条はまだ医療明けの顔色のまま、観測席に座っていた。

画面に出るノイズの立ち上がりを目で追い、言った。


「対象は生きている。波が“完全に消えた”なら、塔の揺れ方が違う」


主任が視線を向ける。


「根拠は」


「波形の癖です。……切断ではなく“隔離”。隔離なら、どこかで再接続が起きる」


言いながら三条は理解していた。

再接続が起きる場所は――相手の用意した場所だ。


学院。


午後の授業は、もう“授業”の形をしていない。

生徒は机に座っていても時計を見ている。霊気灯の揺れに耳を澄ませ、誰かが倒れないかを先に見る。


西野と古本は、屋上ではなく使われていない資料室にいた。窓が少なく、外の視線を避けられる。


西野は端末を握りしめたまま言う。


「親父、何も言わねえ。言える範囲がないってさ」


古本は手書きのメモをめくる。


「言えないのは“相手が外”だからだ。都市の中の異常なら、規定で処理できる。外は——規定が弱い」


「志乃は外にいる」


「可能性は高い」


古本は淡々と言い切り、それから少しだけ間を置いた。


「……戻すなら、外縁の“癖”を掴むしかない」


「癖?」


古本はメモの一箇所を指で叩く。


「外部ノイズは一定の周波数帯に偏ってる。塔の波ではない。でも志乃の波に噛む。

つまり、志乃が“見える”形で発信してる」


西野が眉をひそめる。


「じゃあ、志乃に届くのか。俺らの声」


古本は首を振った。


「声じゃない。位相だ」


“位相”という言葉が、もう会話の中で当たり前になっている。

それがこの数週間の異常さだった。


旧開発区画。


第二循環核の前。


俵屋は装置の出力を上げない。上げる必要がないのか、上げたくないのか。

代わりに、志乃の抑制環をわずかに調整する。締め付けが一段だけ緩み、胸の波が持ち上がる。


「……何を」


志乃が言いかけると、俵屋は遮った。


「今の君は、外に出せば“飛ぶ”」


志乃の喉が鳴る。拉致の瞬間を思い出す。奪われた感覚。裂ける痛み。


俵屋は志乃を見ないまま言った。


「飛ばすのは簡単だ。戻すのは難しい」


その言葉に、志乃は一瞬だけ俵屋の目的を測り損ねる。

奪う側の言葉ではない。奪って終わりの人間の言葉ではない。


俵屋が指示する。


「押し返せ。塔に向ける癖でいい。だが“塔を探すな”。今はここだ」


志乃は目を閉じる。


塔を探すな。

探せば、応答のない空白に落ちる。


(ここ)


胸の波を押し返す。内側から外へ。

今度は第二循環核に向けて。


一瞬、装置の光が安定する。ノイズが薄くなる。


モニターの一致率が跳ねた。


——67。

——74。

——80。


俵屋の指が止まる。


「……いける」


その瞬間だった。


空間の端が、ひくりと歪んだ。


志乃の胸が痛む。

さっきの“第三の位相”と同じ裂け方。横から噛みつかれるような干渉。


俵屋の目が初めて鋭くなる。


「来たか」


志乃は歯を食いしばる。押し返しが崩れる。第二循環核の波が荒れ、ノイズが増える。


俵屋が短く命じた。


「止めろ。合わせるな」


合わせれば、持っていかれる。


志乃は必死に波を沈める。

だが断線状態の身体は、揺れに弱い。塔の“支え”がないぶん、外からの干渉が深く入る。


モニターに第三の波形が走る。持続は短い。だが強い。


俵屋が端末を叩くように操作し、装置の入力を遮断する。

部屋の光が一段落ち、ノイズがすっと引く。


志乃は息を吐いた。指先が震えている。


俵屋が言う。


「……外から触っている奴がいる」


志乃は俵屋を見る。


「あなたじゃないんですか」


俵屋は答えない。否定もしない。

ただ、事実だけを置く。


「俺の波じゃない」


中央塔・観測室。


アラートが跳ねる。


外部位相ノイズ:急峻

推定発信源:外縁部/旧開発区画

備考:第二の共鳴核様の波形を検出(未確定)


技官が声を上げた。


「……“第二”です。塔とは別の循環核の可能性!」


制御主任の顔が硬直する。


「そんなもの、存在記録は——」


三条が立ち上がる。


「記録がないなら“隠された”か“捨てられた”かだ。

……どちらでも同じ。都市の外で塔と同質の装置が動いている」


主任が言う。


「封鎖だ。外縁を——」


三条は遮る。


「封鎖だけでは志乃は戻らない。

外に循環核があるなら、そこが“新しい中心”になり得る。塔は中心を奪われる」


室内が凍る。


都市の中心が、都市の外で作られる。

その発想が禁句だった。


夜。


旧開発区画。


志乃は再び窓のない部屋に戻された。抑制環は元の強さに戻っている。

俵屋は扉の前で一度だけ振り返り、言った。


「明日、もう一度やる。今度は“乱される前提”で」


「……何のために」


俵屋の答えは短い。


「真実のためだ」


扉が閉まる。


志乃は暗い天井を見上げ、胸の波を感じた。

塔は遠い。応答はない。孤立は続く。


それでもさっき、一瞬だけ――


第二循環核が安定した。

自分の押し返しが“効いた”。


なら、ここでもできる。

塔の外でも、波は整えられる。


それは自由に近い。

同時に、都市を外から壊せる力でもある。


志乃は目を閉じる。


次に来る干渉を、今度は見逃さない。

そう決めた瞬間、胸の奥が微かに痛んだ。


第三の位相が、まだ近くにいる。

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