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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第2章 第三の位相

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塔のない空

音がない。


志乃は目を開ける。


天井は低い。

コンクリートの打ち放し。型枠の跡がそのまま残り、湿り気のない冷たさだけが均一に広がっている。


照明は弱く、白い。

眩しさではなく、ただ“逃げ場のない明るさ”。


胸の波は――ある。


だが塔の応答がない。


空白。


初めての感覚。


(……静か)


それは安心ではない。

むしろ、怖いほどの孤立だった。


体を起こそうとすると、手首に軽い拘束具。

霊気抑制環。


完全封鎖ではない。

微弱な制限。出力を殺すのではなく、出力の“伸び”だけを鈍らせる類の抑え。


つまり、


「壊すつもりはない」


という意思表示。


扉の向こうで足音。

低く、一定の歩幅。焦りがない。こちらの目覚めを待っていた足取りだ。


扉が開く。


フードを外した男が入ってきた。護送車前に立っていた影。


年齢は読みづらい。

骨格はまだ若いのに、目元には時間の刻みがある。髪にはわずかに灰が混じり、肌の張りは保っているのに、疲労だけが落ちない。三十代とも四十代とも取れる――そんな“中間”の顔。


服装も同じだった。無駄のない黒。襟元の処理が丁寧で、道具を持つ手の指先に迷いがない。

視線は鋭いが、荒れてはいない。刃物というより、計測器のような鋭さ。


「目覚めたか」


声は低い。抑揚が少ない。相手を脅すためではなく、事実を置くための声。


志乃は言葉を探す。


「……ここは」


男は答える。


「東都研究都市の外縁。旧開発区画だ」


外。


その一言で理解する。

塔の循環圏外。だから応答がない。


男は壁に寄りかかる。距離の取り方が正確だ。近づけば怯える、離れれば暴れる――その境界を知っている距離。


「安心しろ。命は取らない」


信用はできない。

だが波を奪われる感覚はない。


むしろ――観測されている。


男の視線は志乃の胸元に向けられている。皮膚の下で起きる“立ち上がり”を、見ているというより読んでいる。


「塔と切り離された感覚はどうだ?」


志乃は答えない。

答えた瞬間に、何かが固定される気がした。


だが男は続ける。


「君はあれに縛られている」


“あれ”。


スカイ・ピラー。都市の中心。


「俺たちは解放しただけだ」


解放。

その言葉が引っかかる。言い方が軽いのに、やっていることは重すぎる。



志乃は窓のない部屋から連れ出される。


廊下は古い。

だが設備は新しい。仮設観測機器。簡易共鳴装置。後付けの配線が、古い躯体の上に新しい意図だけを走らせている。


男が言う。


「自己紹介がまだだったな」


一拍。


「俵屋だ」


名乗り方に、余計な自己演出がない。名字だけ。所属も肩書も出さない。

出さなくても通る、と知っている言い方だった。


志乃は警戒を解かない。


「目的は」


俵屋は笑わない。


「塔の真実を確かめる」


曖昧だ。

だが目は本気だ。言葉が曖昧でも、焦点だけはぶれていない。


廊下の先の部屋。中央に小型の共鳴装置。


塔ほど巨大ではない。

だが同質の構造。霊気を束ねるための骨組みが見える。


志乃は息を呑む。


「……それ」


「未完成の第二循環核」


第二。


その言葉で、すべてが揺らぐ。塔は唯一ではない――その可能性が現実味を帯びる。


俵屋が低く言う。


「スカイ・ピラーは実験機だ」


静寂。


志乃の胸の波が強くなる。塔と似ている。だが違う。荒い。未調整。整っていないのに、力だけはある。


俵屋の言葉は静かだ。


「君が必要だ」


「塔は君を制御因子にするつもりだった」


志乃の鼓動が乱れる。


中央局の会議。隔離。強制同調。思い出す。


「俺たちは違う。君の力が本来どうあるべきか、確かめたい」


信じられない。

だが完全な嘘にも聞こえない。言葉が“優しい方向”に寄りすぎていない。


志乃は塔のない空を思う。


初めて孤立している。

だが同時に――自由にも近い。


中央塔。


出力低下。逆位相が暴れ始める。


共鳴点を失った塔は、自律制御だけでは不安定。

都市に再び警報が走る。


志乃が消えたことで、均衡は崩れた。

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