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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第1章 周期と位相

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23/81

護送

朝。


空は曇天だった。光が拡散して、都市の輪郭だけが薄く硬い。

志乃は学院の正門前に立っている。


灰色の護送車が二台。前後を挟む配置。

無塗装の車体に、中央局の紋章が小さく光っていた。


三条が淡々と告げる。


「中央塔まで直行する。所要四十分」


西野が、笑いを作れない声で言う。


「必ず戻れよ」


古本は小さく頷くだけだった。


志乃はスカイ・ピラーを見る。


近い。――近い気がする。

今日で、直接触れることになる。


胸の奥の波が、もう静かに高まっていた。


午前9時42分。


車両は都市中心部へ向かう幹線道路を進む。学院のある区画から中心へ抜ける道は整備され、出力制限下でも交通は回っている。人々は歩き、店は開き、都市は「平常」を保っているように見えた。


三条は隣席で端末を確認していた。

塔との常時同期。志乃の波形も同時表示。


一致率――95%。


「安定している」


そう言いかけた瞬間。


志乃の胸が跳ねた。


(来る)


時刻は、いつもの揺れより明らかに早い。

まだ“山”が来る時間じゃない。


あり得ない。


志乃の波が先に立ち上がる。

急激で、強い。自分の意思とは無関係に、内側が引き上げられる。


三条が顔を上げた。


「どうした」


次の瞬間――


空間が軋んだ。


視界が、わずかに歪む。

塔の方向ではない。別方向から、位相干渉。


強い。これまでで最大。


護送車の霊気制御系が乱れる。計器が跳ね、警告音が鳴った。


「外部干渉検知!」


後続車両から通信が割り込む。


『出力低下、制御不安定!』


道路脇の街路灯が一斉に明滅した。

揺れは都市全域ではない。この一帯だけが、局所的に“別の規則”に呑まれていく。


志乃は理解する。


(塔じゃない)


誰かが、志乃を直接――引いている。


前方。


道路上の空間が、ゆっくりと歪み始めた。透明な熱波のような揺らぎ。その中心に、黒い影が立っている。


人影。


距離はまだある。

だが霊気の圧だけが先に届く。粗く、重く、制御というより暴力に近い圧。


三条が即座に命じた。


「停止! 対象保護優先!」


ブレーキ。車体が沈み、二台が路上で停止する。


だが波は止まらない。


影が一歩踏み出した。


その瞬間、志乃の胸の波が強制的に引き上げられる。叫びは出ない。呼吸が止まる。身体の中だけが浮く。


塔の応答は――来ない。


塔の波形が立ち上がらない。

ここは中心から遠い。循環が薄い区画。さらに干渉が“回線”そのものを塞いでいる。


影が手を上げる。


空間が裂けた。


霊気がねじれ、護送車の側面を叩く。金属が悲鳴を上げ、窓が白くひび割れる。

後続車が弾かれ、横転した。


三条が咄嗟に志乃へ覆いかぶさる。


「意識を切るな! 合わせるな!」


志乃は必死に波を整えようとする。

押し返す。塔に向けるときと同じように、内側から外へ――


だが相手の位相は塔と違う。


粗く、強い。

整える余地を与えない。制御ではなく、奪取。


影が近づく。フードに覆われた顔。輪郭だけが見える。

声が低く落ちた。


「やっと見つけた」


その言葉と同時に、志乃の視界が白く弾ける。


強制的な位相接続。

塔ではない。別の“装置”の波だ。


三条が叫んだ。


「干渉源、携行型共鳴機か――!」


爆音。


霊気衝撃。


道路が割れ、白い粉塵が舞い上がる。

光が潰れ、音が潰れ、世界が一度だけ裏返る。


そして――静寂。


数分後。


中央局の応援車両が到着した。


護送車は半壊。後続車は横転。

三条は意識を失っていたが、生存している。


だが。


志乃の姿はなかった。


残されたのは、焼けた路面と、異質な位相残滓。

塔とは一致しない波形。短く、鋭く、誰かの「指紋」みたいに残る揺れ。


観測記録が自動で仮判定を吐き出す。


外部強制共鳴による対象転移の可能性


中央塔内部。


警報が鳴る。


常時同期の一致率が、突然ゼロになる。


共鳴点、消失。



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