移送前夜
移送は二日後。
志乃の行動は制限された。
登下校には中央局の車両が同行し、校内でも三条が一定距離を保ってついてくる。近すぎず、離れすぎず――逃げ道だけを塞ぐ距離。
放課後、人気の切れた廊下で三条が淡々と訊いた。
「不自由か?」
「少しだけ」
志乃は正直に答えた。
三条は一度だけ頷く。
「理解はしている。だが今は都市の安全が優先だ」
敵ではない。
けれど味方とも言い切れない。
“立場”の人間――その言葉がいちばん近かった。
午前十時五分。
揺れ。
十二秒。
志乃の先行は3.1秒。これまでで最長。
教室の霊気灯が明確に歪んだ。明滅ではない。光の輪郭そのものが波に引っ張られ、教室の影が不自然に伸び縮みする。息を吸うと、肺の奥が一拍遅れてついてくる。
三条は即座に端末を確認した。視線が画面に貼りつき、指が操作を止めない。
塔の応答が遅れている。
逆位相が乱れている。
(押す)
志乃は意識を一点に集めた。塔へ。都市の中心へ。
内側から外へ、乱れを整えるつもりで、波を“押し返す”。
八秒で収束した。
教室に残っていた悲鳴未満の音が、遅れてほどける。医療班が動きかけて、止まる。
――だが、その瞬間。
塔とは別方向から、微弱な干渉が入った。
ほんの刹那。
なのに志乃には、引き裂かれるようにわかった。
波が、横から裂ける。胸の奥がきゅっと痛む。呼吸が詰まり、視界が一瞬だけ滲む。
三条が顔を上げた。今度は教室ではなく、空間そのものを見上げるように。
「今のは……何だ」
端末に表示された波形は、塔のものではなかった。
第三の位相。
持続、0.2秒。
記録は短い。短すぎて、偶然に見せかけられる。
それでも“確かに存在する”形をしていた。
昼休み。
屋上。
古本が低い声で言う。
「外部ノイズ、昨日より強い」
西野の顔が険しくなる。
「塔以外に、共鳴源があるってことか?」
「断定はできない。でも自然変動じゃない」
志乃は胸を押さえた。
波は塔とだけ繋がっているわけじゃない。
誰かが触れている。
そういう“感覚”が、さっきの痛みと一緒に残っている。
夕方。
中央局。
三条は解析室でデータを突き合わせていた。塔の内部ログ。例の空白、〇・四秒。そこに貼りつく微弱な異常パターン。
二十一日前。
そして今日。
一致している。
「……再現している?」
呟きは独り言のはずなのに、室内の空気が一段冷えた。
誰かが意図的に、塔と志乃の共鳴を利用している可能性。
偶然の “揺れ” を、道具にする可能性。
三条は迷いを見せずに判断した。
「移送計画は予定通り。ただし警護を増やす」
すぐに通信が返る。
了解。護送車、二台体制に変更。
夜。
志乃の部屋。
時計は22:37。
揺れ。
九秒。
志乃は目を閉じ、押し返す。もう「やる」しかない。押し返すことで短くできる――その事実が、志乃を縛ってもいる。
揺れは抑えられる。収束が見える。
だが終わり際。
窓の外、遠くの建物の影で、一瞬だけ光が瞬いた。
今度は志乃も見た。
塔ではない方向。
胸がざわつく。嫌な汗が背中に浮く。
(見られている)
直感ではない。霊気の感覚だ。
誰かが自分を観測している。塔とは違う波長で。こちらの押し返しを、試すように。
中央塔・観測室。
ログが確定する。
外部位相ノイズ強度:増大傾向
発信源:都市外縁部 推定
都市の外。
研究都市の結界、その外側。
三条は記録を見つめたまま、声を落として呟いた。
「……来る気か」
その言葉は、誰に向けたものでもない。
ただ、都市が次に迎えるものの輪郭だけを、先に認めてしまった声だった。




