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もう1つのロストテクノロジー  作者: 維岡 真
第1章 周期と位相

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21/81

保護観察

朝。


学院の正門前に、見慣れない車両が停まっていた。


無塗装の灰色。装飾のない箱のような車体。

側面の隅にだけ、小さく――


東都研究都市・中央局の紋章。


志乃は足を止めた。胸の奥が、嫌な形で静かになる。

隣で西野が舌打ちする。


「早すぎるだろ」


古本は何も言わない。ただ車両の型式を目で追っている。逃げ道を探す目ではなく、仕様を確かめる目だった。


後部座席のドアが開き、一人の男が降りる。


三十代半ば。無表情。

黒いコートの内側に、識別章が覗いていた。


男は迷いなく近づき、形式だけの丁寧さで名乗る。


「中央局観測管理課、三条です」


声は淡々としている。感情を運ぶための声ではなく、決定事項を伝えるための声。


「綾崎志乃さん。本日より、あなたは保護観察対象となります」


“保護”。


言葉の響きだけは柔らかい。

けれど、実質は監視だと志乃にはわかった。


学院内。


臨時会議室。


神代教官と三条が、机を挟んで向かい合っている。室内には学院側の職員もいるが、空気の主導権は中央局側にあった。


三条が告げる。


「移送は三日後。中央塔での同調精査を実施します」


神代が静かに問う。


「強制か」


「都市保安規定第七条に基づきます。拒否はできません」


言い切り。余白なし。


志乃は椅子に座っている。会話が遠く聞こえた。

塔へ行く。中央へ。波の中心へ。


怖くないと言えば嘘だ。

けれど逃げる選択肢はない――それも、理解してしまっている。


昼。


10:08。


揺れ。


十一秒。


志乃の先行は2.6秒。


教室の空気が沈み、霊気灯が揺れ、数名の顔色が変わる。医療班の動きは早い。もはや“想定外”の動きではない。


三条は教室の端で端末を見つめていた。塔との同時観測。波形が重ねられ、数値が確定する。


一致率、93%。


「……制御可能性あり」


小さく呟く。独り言に近いのに、言葉は刃物みたいに耳に残った。


志乃は揺れの途中で、ほんのわずかに押し返す。

昨日より小さく、しかし意図して。


九秒で収束した。


医療班の出動が減る。たったそれだけの変化でも、教室の空気が少しだけ戻る。

都市の出力制限は継続中。ニュースの言葉はまだ硬い。


――安定してはいない。落ち着いただけだ。


放課後。


屋上。


風が強く、フェンスが低く唸る。三人の間に、言わなくてもわかることが増えすぎていた。


西野が言う。怒りと不安を、どちらも押し殺した声。


「中央に行ったら、戻ってこれる保証は?」


志乃は答えられない。保証なんて、誰にも出せない。


古本が静かに言う。


「塔内部の逆位相、昨日より拡大してる。時間はない」


時間。

それがすべてを急がせる。


志乃は塔を見る。


近づいている。物理的な距離ではなく、感覚として。

都市の中心が、こちらの胸の内側にまで入り込んできている。


夜。


中央局。


三条が報告を上げる。


「対象は自発的制御を確認。ただし共鳴は深化しています」


モニターに別の画面が映る。公開されない、塔内部の未公開ログ。


“空白時間”――0.4秒。


その欠損に、微弱な乱れが貼り付くように残っている。


外部干渉痕:微弱

解析中


三条の視線が、わずかに鋭くなる。


「……内部要因だけではない?」


誰にも聞こえない独り言。

けれどその疑いは、言葉になった時点で消えない。


志乃の部屋。


時計は22:41。


揺れ。


八秒。


短くなっている。押し返しは、少しずつ安定し始めていた。

“できてしまう”ことが、逆に怖い。


その瞬間――


窓の外、遠くのビルの屋上に、光が一筋走った。


塔ではない。方向が違う。

都市の中心ではなく、別の場所。


志乃は気づかない。

けれど波は、ほんの一瞬だけ乱れた。コンマ数秒。


中央塔の観測ログにだけ、その乱れが記録される。


異常位相ノイズ検出

発信源:不明


都市はまだ平穏を装っている。

だが、揺れはもう“二人”だけのものではなくなり始めていた。



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