選択
午前10時12分。
周期は23時間12分。
揺れは、十秒。
志乃は椅子に座っていた。背筋を正しているのに、身体のどこかが沈む。
波はすでに胸を打っている。
三秒前。
二秒前。
時計ではなく、自分の内側が数えている。
先行時間――2.1秒。
(来る)
その瞬間、教室の空気が押し潰されるように重くなった。肺が膨らむ前に、外側から蓋をされる。視界の端が鈍り、机や椅子の輪郭がわずかに遅れて見える。
窓の外。
スカイ・ピラーが、はっきり歪んだ。
十秒。
長い。過去最長。
一秒、二秒と数える余裕はない。ただ「続いている」ことだけがわかる。
五秒を越えたあたりで、都市中央区の霊気灯が揺れ始めた。明滅ではなく、光量そのものが不安定に上下する。
七秒。交通管制が一部遅延する。端末の通知が遅れて重なり、街の信号が「一拍ずつ」ずれる。
九秒。保護回路が待機状態に入る。遮断準備――いつ切ってもおかしくない表示が、どこかで点っている。
十秒。
――遮断は起きなかった。
ぎりぎりで持ちこたえた。塔が耐えたのか、都市が踏ん張ったのか、それとも。
だが誰も安堵しない。
限界が見えたからだ。次は、運では済まない。
中央塔内部。
緊急会議。
制御主任が、画面の波形を指す。映像には志乃の波形が重ねられている。塔より先行する立ち上がり。明確な相関。もはや「関連がある可能性」ではなく、「関連がある形」だ。
「共鳴源を切り離すべきです」
言葉は淡々としているのに、内容だけが鋭い。
「隔離、もしくは強制的な出力封鎖」
別の技官が即座に反論した。
「封鎖すれば、逆に暴走する可能性がある。閉じ込めた圧が逃げ場を失う」
「だが、このままでは全域遮断だ」
議論は平行線をなぞる。
都市を守るか。
一人を止めるか。
その二択の残酷さが、会議室の温度を下げた。
学院。
神代教官が志乃を見つめる。視線に迷いがない。教師の顔ではなく、観測者の顔だ。
「今日の揺れ――押し返せるか」
志乃は言葉を選び、喉の奥で一度飲み込む。
「……わかりません」
正直だった。昨日の“押し返し”は、偶然に近い。
けれど今、胸の奥にある波は明確だ。塔とつながっている感覚がある。手を伸ばせば届きそうな距離に、都市の中心がある。
恐ろしいほどに。
放課後。
屋上。
西野が怒りを抑えきれず、吐き捨てるように言った。
「隔離なんてふざけてる」
古本は声を荒げない。けれど表情も変えないまま、事実だけを積む。
「理屈はわかる。共鳴点を断てば、循環は安定する“かもしれない”」
「“かもしれない”で志乃を閉じ込めるのか?」
沈黙。
志乃は塔を見る。
自分が原因なのか。
それとも、塔の“空白時間”が先なのか。
まだ因果は確定していない。
だが都市は、確定を待ってくれない。
夜。
22:59。
(夜側の山が、もうここまで来ている)
揺れ。九秒。
志乃は目を閉じた。
波が立つ。塔が応答する前に――今度は、意識的にやる。
押す。
内側から外へ。
塔に向けて。
ほんの一瞬、感覚が噛み合う。歯車の歯が、正しい溝に落ちたみたいに。
逆位相が整う。
揺れは七秒で収束した。
短い。
初めて、意図して縮めた。
中央塔内部。
監視席で声が上ずる。
「振幅減衰を確認!」
室内がざわめく。否定や疑いではない、驚きのざわめきだ。
「共鳴源からの……制御的入力……?」
隔離すべき対象が、制御因子になる可能性。
会議室の空気が変わる。
切るか。
繋ぐか。
都市は今、選択の分岐に立っていた。




