押し返し
屋上。
風が強い。フェンスが唸り、空気が乾いた音を立てて流れていく。
志乃は塔を見ていた。見ているというより、目がそこから外れない。
胸の奥に波が来る。
まだ揺れの時刻ではない。
昼と夜の中間。どちらの山にも当たらないはずの時間。
なのに、突然――波が立ち上がった。
(今じゃない)
志乃は反射で抑え込む。
外へ出さない。内側へ。沈める。呼吸を深く、意識を底へ落とす。
その瞬間。
遠くのスカイ・ピラーの光が、一瞬だけ強くなった。
“明滅”ではない。脈打ちでもない。
薄い揺れが整えられたような、光の密度の上昇。塔が、ほんの一拍だけ正しい呼吸を取り戻したみたいに見えた。
古本が端末に視線を落とす。画面を拡大し、数値の変化を追う。
「逆位相が……減った?」
西野が息を呑んだ。
冗談も、否定も出てこない。ただ事実だけが重く落ちる。
志乃は、膝の力が抜けそうになるのを堪えた。
自分が――“押し返した”。
意図していない。狙ってもいない。
ただ抑え込んだだけなのに、塔のほうが応答した。
でも確かに。
塔の波が、わずかに安定した。
共鳴点。
双方向。
志乃は初めて理解する。
塔に引かれているだけじゃない。
自分も、塔に影響を与えている。
夜。
記者会見。
東都研究都市・管理局は発表する。言葉は慎重に選ばれ、責任の輪郭だけが曖昧に削られている。
「現在、霊気循環に不安定要素を確認しています。安全確保のため、一部出力制限を実施します」
“危機”という言葉はまだ使われない。
“異常”も、必要以上には言わない。
けれど都市は察した。
灯りが消えた三秒は、忘れられない。
あの暗転は、噂ではなく体験として全員の中に残っている。
周期は23時間20分。
揺れはさらに早まる。
昼と夜が、数日で重なる。
二回が近づき、境界が溶け、揺れが「時間」を越える。
そして志乃は――
意図的に押し返せる可能性を、持ってしまった。




