起点
屋上。
風は弱く、フェンスの金属が陽に温まっている。けれど三人の周りだけ、会話の余白が冷たかった。視線は自然にスカイ・ピラーへ向かい、そこから外しづらくなる。
古本は紙のノートを開いた。
端末ではない。スクリーンショットでもログの写しでもない。罫線の上に、手書きの文字と時刻列が並んでいる。
「起点日が、もう一つある」
志乃と西野を見る。言い切るのに、語気は上げない。
「二十一日前の前日。中央塔で微小メンテナンスが入ってる」
西野が反射的に反応した。
「父が言ってた。出力安定化の微調整だって」
古本は頷きもせず、ノートの該当箇所を指で叩く。
「その直後から、塔の内部ログに“空白時間”がある」
「空白?」
志乃が聞き返すと、古本は淡々と答えた。
「ログが〇・四秒、消えてる」
〇・四秒。
誰も気づかないほど短い。会話なら息継ぎの隙間、まばたきの間だ。
だが、その“空白”が残っていること自体が不自然だった。
塔の中枢は、誤差を嫌う。記録を欠損させないように設計されているはずだ。
古本は続ける。
「周期は、その翌日から始まった」
志乃は喉の奥が乾くのを感じた。
二十一日前。
演習中、ふと塔を見上げた瞬間。胸が強く鳴って、霊気が一拍だけ持ち上がった。
あの日。
偶然か。
それとも――偶然に見せかけられた何かか。
志乃は塔を見た。白い直線は今日も完璧で、こちらの疑いに答える気配すらない。
その完璧さが、いちばん不安だった。




