検査室
精密同調検査室は、地下三階にあった。
学院の地下は、地上の整然さとは別の顔をしている。廊下は短く、曲がり、扉は厚い。案内表示は必要最小限で、空調の音だけが一定のリズムを刻んでいた。
志乃は白い部屋に通され、椅子に座る。
壁も床も、光を反射しすぎない白。影が薄く、距離感が曖昧になる。静けさそのものが設備の一部みたいだった。
腕には測定リング。皮膚に密着する金属が冷たい。
背には霊気導子。薄い圧迫感が肩甲骨のあたりに残る。
心拍、出力、位相――呼吸の間隔まで。
全部が数値化され、切り分けられ、画面の上で「志乃」になっていく。
ガラス越しに神代教官がいた。
その隣には見慣れない技官が一人。灰色の作業服、首から下げた識別札。学院の職員というより、都市側の人間に見えた。
スピーカー越しに声が落ちる。
「力を出す必要はない。ただ自然に呼吸しろ」
志乃は目を閉じた。
静かに。
吸って、吐く。
吸って、吐く。
けれど胸の奥には、波がある。呼吸とは別の周期が、底で脈を打っている。
モニターに波形が立ち上がる。志乃の生体波形。霊気位相。微小出力の揺れ。
そして同時刻の参照として、中央制御塔スカイ・ピラーの観測波形が重ねられた。
その瞬間、部屋がさらに静まった気がした。
誰も息を止めろと言っていないのに、息が止まる。
一致率が算出される。
89%。
「……上がっている」
誰かの小さな声が、ガラス越しに漏れた。技官か、観測員か。志乃には判別できない。ただ、その言葉だけは聞こえた。
志乃は目を開けなかった。
開けたら、自分が何かをしてしまいそうだった。
10:32。
昼の揺れ。
検査室の空気が震える。壁が鳴るわけでも床が揺れるわけでもないのに、密閉された空間が一拍だけ“しなる”。
志乃の波形が先に跳ねた。
コンマ八秒。
遅れて、塔の波形が立ち上がる。
重なり方が、昨日までと違う。追従ではなく、追いかける形だ。
技官の顔色が変わった。
「先行している……」
神代教官は何も言わない。
ただ、画面から目を離さなかった。
まばたきすら減っている。
志乃は閉じた瞼の裏で、同じ数字を反芻する。
コンマ八秒。
誤差と呼べるはずの差が、もう誤差ではない。




