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第10章 ― レッドフォールの降臨

「な、何を……しているんだ……?」

 

セバスチャンは困惑に満ちた表情で一歩前へ出た。


「それに、その連中は……? まさか、お前は……」


「真実を変える力でも持っているのかね、我が愛しきセバスチャン?」


男は静かに彼を見つめた。


その顔に浮かんでいた笑みは、ゆっくりと消えていく。


周囲では村人たちの悲鳴が絶え間なく響いていた。


祭りで賑わっていた石畳の道には次々と死体が倒れ、鮮血が広場を染め上げていく。


子供たちは親の亡骸にしがみつきながら泣き叫び、その直後には同じ運命を辿っていた。


それでも。


白いローブを纏った者たちは歩みを止めない。


迷いも躊躇もない。


まるで殺戮だけを目的として造られた機械のように。


「なぜだ――!? やめろ!!」


セバスチャンが怒号を轟かせる。


同時に、彼の身体から膨大なミスティックエネルギーが噴き上がった。


CRRRAAACK――!!


足元の大地が砕け散り、荒れ狂う炎が彼の全身を包み込む。


だが、その光景を見ても男は小さく溜息をついただけだった。


「ノブレス・オブリージュ……か」


ぽつりと呟く。


「相変わらずだな」


冷たい蒼い瞳がセバスチャンを射抜いた。


「いつも弱き者を救おうとする……」


ゆっくりと笑みが浮かぶ。


「……自分自身が、もっと偉大な存在になれたはずなのにな」


「ノア様ァァァァァッ!!」


セバスチャンが咆哮した。


瞳の奥でアノマリーの紋章が輝きを放つ。


次の瞬間。


彼の姿が消えた。


紅いフードの男へと一気に肉薄し、固く握り締めた拳を顔面へ叩き込む――はずだった。


しかし。


「哀れだな……まだそんなにも隙だらけとは」


「な……に……?」


セバスチャンの身体が空中で停止する。


激痛。


それはあまりにも鋭く、あまりにも理解を拒む痛みだった。


ゆっくりと視線を下へ落とす。


そして――


彼の瞳は恐怖に見開かれた。


腹部に巨大な風穴が開いていた。


ノアの腕が、そのまま彼の身体を貫いていたのである。


ノア。


かつてミスティックエネルギーの扱い方を教えてくれた師。


その男が今。


自らの身体を引き裂いていた。


「な……ぜ……」


血が唇から零れ落ちる。


瞳の光も少しずつ失われていく。


KRCKK――!!


ノアは血塗れの腕を引き抜いた。


そして、その腕をゆっくりとセバスチャンの前へ掲げる。

「見えるか、この血が?」


ノアは指先から滴り落ちる真紅の血を静かに見つめた。


そして――


ぺろり。


ノアがセバスチャンの血を舐めた瞬間だった。


FWOOOOSH――!!


黄金の奔流が彼の身体から爆発的に噴き上がる。


周囲の空気が悲鳴を上げるように震え、凄まじい圧力が祭りの広場を覆い尽くした。


黄金色のミスティックエネルギーが嵐のように渦を巻き、その力は何倍にも膨れ上がっているように見えた。


ノアの口元にゆっくりと笑みが浮かぶ。


「やはりな」


彼は指先に付着した血を見つめながら呟いた。


黄金のエネルギーはなおも身体の周囲を旋回している。


「アノマリーの血は、持ち主の限界を遥かに超える力を与える」


淡く輝く瞳が細められた。


「まさしく我々が求めていた――」


「あなたぁぁぁっ!!」


その言葉を遮るように、アメリアが駆け出した。


その手には紫色の刃が握られている。


古代遺物。


アーティファクト。


「夫から離れなさい!!」


SWIRL――!!


刃が振るわれる。


次の瞬間、暴風のような紫炎がノアを丸ごと呑み込んだ。


FWOOOOSH――!!!


灼熱によって地面が砕け散る。


紫の炎は巨大な竜巻となって天へと昇った。


「あなた!」


アメリアは即座にセバスチャンの元へ駆け寄り、その身体を支えた。


腹部の大穴からは今も大量の血が流れ続けている。


呼吸も明らかに乱れていた。


「に、逃げないと……」


震える声でそう告げながら、彼女は必死にセバスチャンを戦場から連れ出そうとする。


だが――


「その程度のアーティファクトが私に通用するとでも?」


「うぐっ――!?」


紫炎の中から突然腕が伸びた。


その手はアメリアの首根っこを乱暴に掴み上げる。


あまりの力に彼女はセバスチャンを支えきれず、彼は再び地面へ崩れ落ちた。


「は、離せ……この化け物……!」


アメリアは歯を食いしばりながら抵抗する。


しかし首を締め上げる手は微動だにしない。


そして――


炎の奥から黒い笑みが現れた。


続いて見えたのは、あの冷たい蒼い瞳。


ノアだった。


彼は無傷のまま炎の中から歩み出る。


紫炎はまるで主人へ跪く従者のように、その身体の周囲で揺らめいていた。


「ほう?」


ノアの笑みが深くなる。


「自由になりたかったのか?」


ゆっくりと。


ゆっくりと。


彼の指がアメリアの喉へ食い込んでいく。


「ならば――」


SKRAAAH――!!


「――自由にしてやろう」

「アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」


胸を引き裂くような悲鳴がアメリアの喉から迸った。


激しい紫炎が彼女の全身を呑み込む。


「やめろォォォォォッ!!」


セバスチャンの目が見開かれた。


だが――


もう遅かった。


炎の中でアメリアの身体はゆっくりと崩れ始める。


そして。


灰となって風に散った。


彼の目の前で。


静寂が訪れる。


「あ……ア……アメ……リア……?」


セバスチャンは半死半生のまま地面に倒れ込み、燃え盛る空気の中を漂う灰を呆然と見つめていた。


愛した女性は――もういない。


「パパァァァッ!!」


「――ッ!?」


その瞬間。


リリーの叫び声が耳に届いた。


セバスチャンの呼吸が止まる。


震える瞳が反射的に左へ向いた。


そこには。


幼い娘の姿があった。


燃え盛る街路を必死に駆けるリリー。


その背後では、白いフードを纏った魔導士たちが追いかけている。


「村を滅ぼし……妻を殺し……今度は娘まで……」


セバスチャンの声が震える。


黒みを帯びた黄金色のミスティックエネルギーが、制御を失った雷のように身体の周囲で弾け始めた。


「……俺の呪われた血のためだけに……ッ!?」


怒りは爆発寸前だった。


しかし、身体は限界を迎えている。


動こうとするたびに傷口が悲鳴を上げ、その場へ崩れ落ちそうになる。


「君の妻に価値はなかった。」


ノアは静かに言った。


紅いフードを整えながら。


「ただの一般的なミスティックユーザーだ。我々ホワイトデビルズにとって利用価値はない。」


冷たい視線がリリーへ向く。


「だが――君は違う。」


口元に薄い笑みが浮かぶ。


「そして君の娘もな。」


その言葉に嫌な予感が走る。


「アノマリーと人間の間に生まれた混血種。」


ノアの瞳が妖しく細められた。


「その価値は計り知れない。」


そして。


ふと何かを思いついたように呟く。


「……いや。」


周囲の空気が鋭く張り詰める。


「考えてみれば、もう娘は必要ないかもしれないな。」


「――ッ!?」


その一言は、セバスチャンの魂そのものを揺さぶった。


恐怖に染まった瞳がノアを見据える。


「やめろ……」


必死に身体を起こそうとする。


「娘には……手を出すな……」

THUD――!!


セバスチャンは再び地面へ崩れ落ちた。


「がはっ――!」


大量の血を吐き出しながら、燃え盛る石畳へ倒れ込む。


「やめ……ろ……」


震える指先が地面を掻く。


砕けた石の隙間へ爪が食い込むほど強く。


「娘に……手を出すな……」


「……ふん。」


ノアは視線の端で彼を一瞥しただけだった。


そして次の瞬間。


その姿は掻き消える。


「ま、待て……」


セバスチャンの瞳が見開かれる。


「待て……!」


歯を食いしばる。


全身の骨が軋む。


傷口が裂ける。


それでも。


彼は立ち上がろうとした。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


血が歯茎から溢れる。


腕も脚も限界を超えて震えている。


だが父親としての意志だけが、その身体を無理やり動かしていた。


「娘には近づかせんッ!!」


残された最後の力を振り絞り、セバスチャンは爆発的に前へ飛び出した。


白いフードを纏う男たちへ向かって。


「失せろォォォッ!!」


BOOOOM――!!


拳が振り抜かれる。


その一撃はもはや人間の域を超えていた。


そして――


SPLAT――!!


白装束の男たちの頭部が文字通り吹き飛ぶ。


鮮血が燃え盛る街へ飛び散った。


首を失った死体が次々と崩れ落ちる。


「パ、パパ……?」


リリーでさえ恐怖を隠せなかった。


目の前の父親はあまりにも痛々しかった。


腹には巨大な風穴。


そこから血が絶えず流れ続けている。


身体の周囲では黒ずんだ黄金色のエネルギーが暴走するように弾けていた。


それでも。


それでも彼は――


笑った。


「大丈夫だ……」


弱々しく声を絞り出す。


「怖がらなくていい……」


震える手を娘へ伸ばした。


「お前のパパは――」


――BLUTCH.


その瞬間だった。


セバスチャンの身体が止まる。


完全に。


時間が止まったかのように。


「……え?」


リリーの瞳が揺れた。


セバスチャンの胸から。


一本の腕が突き出ていた。


背後から。


心臓を貫いて。


「死んだ。」


冷たい声が耳元で響く。


ノアだった。


彼はゆっくりと腕を引き抜く。


ずるり、と。


血飛沫が舞う。


その手の中には。


脈打つ真紅の塊が握られていた。


セバスチャンの心臓。


まだ鼓動している。


「……あ……?」


リリーの顔から血の気が引いていく。


目の前で起きた出来事を理解できない。


理解したくない。


だが――


現実は残酷だった。


そして次の瞬間――

THRKK――!!


次の瞬間。


鋭い痛みがリリーの胸を貫いた。


「――っ?」


小さな身体が大きく震える。


何が起きたのか理解できない。


ゆっくりと。


本当にゆっくりと。


彼女は視線を下へ落とした。


そして――見てしまった。


ノアのもう片方の手。


そこには脈打つ赤い塊が握られていた。


心臓。


自分の心臓だった。


「リ……リー……」


セバスチャンがかすれた声で娘の名を呼ぶ。


血が口元から零れ落ちる。


瞳からも赤い雫が流れていた。


「パ……パ……」


リリーもまた震える声で応える。


二人の視線が重なった。


最後に。


たった一度だけ。


そして――


THUD.


THUD.


父と娘は同時に崩れ落ちた。


広がる血溜まりの中へ。


二つの命が静かに沈んでいく。


「ふむ……」


ノアは呟いた。


足元に転がる亡骸を見下ろしながら。


セバスチャンの胸には大きな空洞が残されている。


その隣にはリリーの小さな身体。


もう動くことはない。


「やはり私の仮説は正しかったようだ。」


ゆっくりと両手を持ち上げる。


そこには二つの心臓があった。


未だ鼓動を続けている異質な臓器。


「血など必要ない。」


ノアの口元に冷たい笑みが浮かぶ。


「我々が求めていた本質は――心臓そのものに宿っているのだから。」


鼓動する心臓を見つめながら彼は続けた。


「心臓を失ったアノマリーの血など、ただの泥に等しい。」


そう言い残し、ノアは興味を失ったように踵を返す。


燃え盛る街を歩き始めた。


だが。


「……ん?」


不意に足を止める。


炎の中に何かが転がっていた。


歪な形をした一つのカボチャ。


揺らめく炎がその表面を妖しく照らしている。


まるで死にゆく蛍のように火の粉が周囲を漂っていた。


ノアの口元がゆっくりと吊り上がる。


彼はしゃがみ込み、そのカボチャを拾い上げた。


そして再びセバスチャンの亡骸へ近づく。


次の瞬間――


SKLAM――!!


カボチャをそのままセバスチャンの頭へ叩きつけた。


強引に押し込み、顔をほとんど覆い隠す。


その姿は酷く歪だった。


かつてセバスチャンと呼ばれた男への悪趣味な嘲笑。


醜悪な墓標。


「カボチャ作りが好きだっただろう?」


ノアは小さく笑った。


そして再び背を向ける。


「贈り物だと思え。」


声が冷たく沈む。


「……その無意味な勇気へのな。」


ホワイトデビルズの残党は町に残された全てを炎で焼き尽くした。


家々も。


畑も。


人々の記憶も。


全てを。


やがて彼らは戦場を去っていく。


何もかも終わったと信じて。


生き残りなど一人もいないと信じて。


――そう、思っていた。

KRAAAK――!!


どれほどの時間が過ぎただろうか。


燃え盛る炎の中から、一つの影がゆっくりと姿を現した。


たった一人。


孤独な影だった。


その腕に抱かれていたのは小さな少女。


――否。


かつて少女だったもの。


今は灰に染まった脆い骨だけが残されている。


一歩。


また一歩。


その影は焼け落ちた街を進む。


顔を覆う歪なカボチャ。


その表面には燃え続ける街の光景が映り込んでいた。


くり抜かれた穴の奥では、灼熱の炎が瞳のように揺らめいている。


やがて。


その口から声が漏れた。


最初は微かに。


風に掻き消されそうなほど弱く。


「……憤怒……」


周囲の炎が激しく爆ぜる。


まるでその感情に呼応するかのように。


「……憤怒……」


抱き締める腕に力が籠る。


腕の中の小さな骸骨が軋んだ。


そして――


彼は天を仰いだ。


燃え落ちる世界へ向かって。


失われた全てへ向かって。


叫ぶ。


魂そのものを引き裂くような声で。


「――憤怒ォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


その咆哮は燃え尽きた街全体を震わせた。


絶望から生まれた呪い。


世界への宣告。


誰にも止められない怨念の産声。


その夜。


町は全てを失った。


人々も。


希望も。


未来も。


何もかも。


そして引き換えに――


炎は一体の怪物を生み落とした。


二度と死ぬことのない怪物を。


後に《ヴァークホロウ》と呼ばれることになる、


憤怒そのものを。

〈FATE SIMULATOR ― 観測記録〉


[座標:記憶断片]

[事象:収穫祭虐殺事件]


[観測対象]

→ セバスチャン


[状態]

→ アノマリー確認


[敵対組織]

→ ホワイトデビルズ


[主要敵性個体]

→ ノア


[記録済み犠牲者]

→ アメリア:死亡

→ リリー:死亡

→ 集落:壊滅


[感情触媒]

→ 憤怒


[堕落発生点]

→ 確認完了


[登録シンボル]

→ パンプキン・マーカー


[存在誕生を検知]

→ ヴァークホロウ


[観測者反応]

→ エデン・クレストフォール:

 沈黙


[脅威度]

→ 測定不能


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