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第9章 — 憤怒の収穫祭

「クリムゾン・デマイズ……いや、今使っても無意味か。」


エデンは地面を見つめたまま、静かに思案した。


『確実に死ぬ。』


今ここで再び血を飲んだとしても、肉体を限界以上に追い込むだけだ。

たった一度の使用だけで、すでに身体は芯まで消耗しきっていた。


二度目など存在しない。


ゆっくりと視線をヴァークホロウへ向ける。


すると彼は、燃え盛る山のひとつを見つめたまま微動だにしていなかった。

まるで何かに意識を奪われているかのように。


その隙を逃さず、エデンは口を開く。


「なあ、パンプキンヘッド。結局なんなんだ?」


「……何の話だ?」


ヴァークホロウの視線が、ゆっくりとエデンへ戻る。


「ただの興味だよ。お前の“憤怒”ってやつさ。

世界に何をされたら、そこまで壊れるんだ?」


鎖に拘束されているとは思えないほど、エデンの口調は相変わらず挑発的だった。


「……なぜ私がお前に語らねばならない、クレストフォール?」


「へっ。」


その返答を聞き、エデンは鼻で笑った。


「変な話だよな。なんかそんな返事が返ってくる気がしてた。

死にかけると勘でも鋭くなるのかもな。はは。」


その妙な空気の変化に気づいたのか、ヴァークホロウは僅かに首を傾げる。


「死への恐怖で、脳のネジでも外れたか?」


わざと聞こえるように呟いた。


「さあな。どうでもいい。」


エデンは理解していた。

今の自分にできることは、時間を稼ぐことだけだと。


この状況を打開する方法を見つけるまで。


やがて、短い沈黙が二人の間に落ちる。


空気は秒を追うごとに熱を増していった。


「……なぜ“憤怒”なのか、だったな。」


先に沈黙を破ったのはヴァークホロウだった。


「まあ、聞いたのは俺だしな。」


エデンは皮肉げに笑いながら、小さく頷いた。

「……ふむ。」


次の瞬間、ヴァークホロウは再び視線を逸らし、先ほどまで見つめていた山へと顔を向けた。


周囲を吹き荒れる灼熱の風は、さらに熱を増していく。


やがて彼は静かに口を開いた。


「……あの巨大な山が見えるか?」


「え、どれだよ?」


エデンは問い返しながら、密かに両手の鎖を捻ろうとする。

だが――


ギリッ。


鎖は逆に締め付けを強めるだけだった。


「東側だ。」


ヴァークホロウが淡々と答える。


その言葉を聞き、エデンはゆっくりと東の山へ視線を向けた。


そして――


「……っ!?」


疲弊していた彼の瞳が、一瞬で見開かれる。


目の前の光景に、言葉を失った。


今日だけで既に数え切れないほど異様なものを見てきた。

だが、これは予想の遥か外側だった。


山の表面は、一見すると白い岩で覆われているように見えた。


しかし。


視線が慣れ、さらに焦点を合わせた瞬間――

その“正体”が鮮明になる。


岩ではない。


骸骨だ。


無数の骸骨。


数え切れないほどの白骨が山肌一面に積み重なり、絡み合い、まるで山そのものの一部になっていた。

「な、なんだよ……それ……」


あまりにも悍ましい光景に、エデンは言葉を失った。


「私の家族だ。」


ヴァークホロウは冷え切った声でそう告げる。


その一言は、エデンをさらに動揺させた。


「世界への“憤怒”……」


彼の声は徐々に鋭さを帯びていく。


「それは単なる復讐ではない。」


燃え盛る瞳は、骸骨の山へ向けられたままだった。


「家族を奪ったこの世界そのものを――

私は滅ぼす。」


短い沈黙が落ちる。


「ただ……私が――」


彼の声が僅かに掠れた。


「……“異常体”だったというだけで。」


「……はぁっ!?」


エデンの目が大きく見開かれる。


彼は最初、ヴァークホロウが自分の能力や瞳を模倣しただけだと思っていた。


だが違う。


これは、もっと根本的に異質な何かだった。


予想すらしていなかった事実。


「おいおい……もう何を言えばいいのかわかんねぇぞ……」


エデンは思わず吐き捨てる。


「初日から意味不明な任務に放り込まれて、

お前みたいな化け物と戦う羽目になって、

挙句の果てにはお前まで異常体とか――

一体どうなってんだよ、この世界……!」


歯の隙間から荒い息を漏らしながら、さらに続けた。


「全部、たった一日で起きたことなのかよ……!」


その反応も無理はなかった。


普通なら、こんな異常な真実を立て続けに叩き込まれれば、誰だって頭がおかしくなる。


「……ふん。」


ヴァークホロウは燃える帽子を軽く整えながら鼻を鳴らした。


「どうやらお前は忘れているようだな、クレストフォール。」


その瞳がゆっくり細まる。


「今日という日は、

お前の死の日でもあるということを。」


「うげぇ……そういうこと言うなよ。」


エデンは疲れ切った溜息を漏らしながら、再び骸骨の山へ視線を向ける。


「家族……か。」


彼は静かに呟いた。


その瞳に、僅かな陰りが差す。


「親か?」


「いや。両親はとっくの昔に死んでいる。」


ヴァークホロウはそう答えた直後、燃える眼窩から溶岩が一筋流れ落ちた。


「私が暮らしていた町……

あそこにいた者たちは、

家族以上の存在だった。」


彼はしばらく黙り込む。


「……あぁ。」


乾いた声が漏れる。


「もう名前すら思い出せない。」


ゆっくりと手が顔を覆う。


まるで、隠しきれない何かを覆い隠そうとするかのように。


「何年経った……?」


彼の声が震えた。


「どれほどの時が流れた……

彼らを失ってから……」


指先が微かに震えている。


「……私の妻……」


「……愛しい娘……」


「娘……」


エデンは小さく呟く。


胸の奥に奇妙な感覚が広がっていった。


完全には理解できない。


だが、どこか他人事に思えなかった。


自分は両親を失った。


ヴァークホロウは、

残された唯一の家族を失った。


「もう五百年以上だ、クレストフォール。」


ヴァークホロウは静かに現在へ意識を戻し、

燃える視線をエデンへ向ける。


「五百年……」


その声が低く沈む。


「それでも、この灼けるような感情だけは消えなかった。」


ゆっくりと拳が握られる。


「あの日から――」


「……私は全てを失った。」


「……何があったんだ?」


今度の問いは、時間稼ぎのためではなかった。


エデンは純粋に知りたいと思っていた。


「……」


ヴァークホロウは沈黙する。


数秒間、

彼の口からは何一つ言葉が漏れなかった。


そして――


パチン。


指が鳴る。


その瞬間。


周囲を包んでいた溶岩が狂ったように天へ噴き上がった。


FWOOOOSH―――!!!


次の瞬間には、

巨大な溶岩の津波がエデンとヴァークホロウの両方を飲み込んでいた。

*****


エデンが再び目を開けた時――

そこには、先ほどまでとはまるで別世界の光景が広がっていた。


賑やかな通りの両脇には小さな家々が並び、

あちこちから楽しげな笑い声が響いている。


子供たちは石畳の道を駆け回り、

手には淡く光る小さなカボチャを抱えていた。


街の上空には橙色のランタンが浮かび、

建物の間には色鮮やかな装飾が無数に吊るされている。


「……は?」


エデンは周囲を見渡しながら眉をひそめた。


「ここ……どこだ?」


幻覚にしては、あまりにも現実感が強すぎる。


「待てってー!」


「捕まえてみろよー!」


二人の子供が笑いながら駆け抜けていく。


そのうちの一人が、突然ひとりの長身の男へぶつかった。


ドンッ!


「あっ!? ご、ごめんなさい!!」


少年は慌てて頭を下げる。


だが、その男は怒るどころか、

優しく微笑みながら少年の頭を軽く撫でた。


「元気があって結構だ。」


穏やかな声だった。


「気にするな、坊主。祭りを楽しんでこい。」


風に揺れる長い黒髪。


そして、柔らかな黄金色の瞳。


「セバスチャン様!!」


突然、一人の村人が駆け寄ってくる。


「おお、メリクか。」


セバスチャンは穏やかに笑った。


「ついに今夜ですね、領主様!」


「あぁ、そうだな。」


彼は静かに頷く。


「収穫祭、だったか。」


「はい! 皆、楽しみにしております!」


メリクは興奮した様子で答えた。


「今年の作物がここまで育ったのも、

セバスチャン様とアメリア様のおかげです!」


「それは嬉しい報告だ。」


セバスチャンは畑へ視線を向けながら微笑む。


「リリーちゃんもカボチャ作りを手伝ってくれましたよ!」


「はは……あの子らしいな。」


“リリー”という名前を聞いた瞬間、

セバスチャンの表情が柔らかく崩れた。


何気ない会話。


温かく、

平和な光景。


だが――


それを見つめるエデンの目は細められていた。


「あいつ……」


小さく呟く。


「カボチャ……?

待てよ……まさか……」


そこで、ようやく気づく。


あの男は、ただの貴族ではない。


ヴァークホロウだ。


レッドフォールではない。


怪物でもない。


ただの――


人間だった。

ガタッ――!!


突如として景色が切り替わる。


空気が暗く沈み込み、

いつの間にか夜が訪れていた。


夜になった町は、

昼間以上の賑わいを見せていた。


音楽が街中へ響き渡り、

無数のランタンが夜空を漂う。


まるで星の海のように。


子供たちは楽しげに踊り、

笑い声が石畳へ広がっていく。


家族たちは暖かな祭りの灯りの下で肩を寄せ合っていた。


その光景を、

セバスチャンは静かに見つめていた。


自分の民たちが笑い、

幸せそうに祭りを楽しむ姿を。


その隣には、

長い銀髪と穏やかな緑色の瞳を持つ女性が立っている。


アメリア。


彼女の優しい視線は、

幼い娘――リリーへ向けられていた。


母の腕へしがみつく少女の緑色の瞳は、

祭りの灯りを映してきらきらと輝いている。


「あっ! できた!」


突然、リリーの顔がぱっと明るくなる。


彼女は嬉しそうに駆け寄ると、

自分で作っていた花飾りをセバスチャンへ誇らしげに見せた。


「パパ見て! これ、リリーが作ったの!」


「おや? リリーが自分で?」


セバスチャンは軽々と彼女を抱き上げ、

優しく微笑む。


「……とても綺麗だ。」


「でしょ!? ママの分も、パパの分も作るの!」


「はは……私たちのお姫様だな。」


セバスチャンの隣にいたアメリアも、

彼に抱き上げられたままのリリーを優しく抱きしめた。


どこにでもある、

平和な祭りの光景。


だが――


幸せは長く続かない。


まるで、それが世界の決まり事であるかのように。


そして。


その瞬間は訪れた――

BOOOOM―――!!!!


轟音と共に、

町全体が激しく揺れた。


つい先ほどまで広がっていた幸福な祭りの光景は、

一瞬にして“悪夢”へと塗り替えられる。


人々は悲鳴を上げながら四方へ逃げ惑った。


空から降り注ぐ炎が、

街路を丸ごと飲み込んでいく。


「な……っ!?」


エデンの視線が周囲を駆け巡る。


何が起きた?


侵略……?

だが、どうやって――


その時。


白いローブを纏った者たちが、

雲の中から次々と姿を現し始めた。


まるで天から降りる亡霊のように。


彼らはゆっくりと地上へ降下していく。


そして。


凄惨な光景が広がった。


先ほどまで笑い声に包まれていた祭りの広場へ、

鮮血が飛び散る。


人々が次々と倒れていった。


「な、何が起きてるんだ!?」


「盗賊か!?」


「違う!! 奴らは“神秘術師”だ!!

逃げろぉぉ!!」


力を持たぬ村人たちは、

恐怖に支配されながら必死に逃げ惑う。


一方、

村の神秘術師たちは白ローブの侵略者へ立ち向かっていく。


だが――


結果はあまりにも一方的だった。


巨大な獣の前へ放り出された虫のように、

彼らは次々と蹂躙されていく。


「メリク!!」


セバスチャンが歯を食いしばりながら叫ぶ。


その身体から激しい炎が噴き上がった。


しかし。


彼が前へ踏み出そうとした瞬間、

その動きが止まる。


恐怖ではない。


“あり得ないもの”を見てしまったからだ。


「……マ……

……スター……?」


黄金の瞳が、

信じられないものを映し出す。


深紅のフードを被った男。


見覚えがある。


いや――

誰よりも知っている人物だった。


だが。


セバスチャンの背筋を凍らせたのは、

その人物の口元に浮かぶ笑みだった。


そこには一切の温もりがない。


それはまるで――


“花が咲き切る前に摘み取る”ことを、

最初から決めていた者の笑みだった。


〈FATE SIMULATOR — OBSERVATION LOG〉


[座標:カオス領域/記憶断片]

[対象識別:DENIGRØS継承者]


[第一異常体:エデン・クレストフォール]

[第二対象:ヴァークホロウ — セバスチャン(旧識別名)]


[局所現実歪曲:進行中]


[精神同期:開始]

→ 対象:エデン・クレストフォール

→ 記憶参照元:ヴァークホロウ


[記憶再構築シークエンス:確認]

→ 事象コード:

『収穫祭の惨劇』


[歴史情報整合率]

→ 安定率:87%

→ 不明変数を検出


[異常分類更新]

→ ヴァークホロウ:異常体認定

→ 血統シグネチャ:部分一致

→ 未知偏差:存在確認


[感情核を特定]

→ 喪失

→ 悲嘆

→ 憤怒


[腐敗発生源:検索中……]


[緊急帰還システム:失敗]

→ 転送応答:NULL


[時間軸同期]

→ 更なる非同期化を検出


[観測者メモ]

→ エデン・クレストフォール、敵対行動を停止


→ 現在行動:

『傾聴』


[脅威レベル:判定保留]

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