第40話 盗撮
ある日の放課後、
俺が鞄に荷物を入れて帰る準備をしていると
気配を感じた。
顔を上げると目の前に奥川が立っていた。
「お、奥川。どうした?」
俺は動揺を悟られないように
努めて自然に振舞った。
「『どうした?』じゃないよ。
最近、全然話してないよ?
今日は一緒に帰ろっ」
そう言って奥川は微笑んだ。
「ごめん・・。今日は約束があるんだ」
その言葉に奥川の顔から笑顔が消えた。
「約束って何?
私より大事なことなの?」
奥川は真っ直ぐに俺の目を見てきた。
「そ、それは・・」
俺はその視線から逃げるように目をそらした。
「あっくん!
早く行きましょ。
翔太さんと洋さんが待ってるわよ」
その時。
教室の入り口から声がした。
見ると茜が手を振っていた。
「あ、ああ。
今行くよ。
ごめん。
奥川、また今度」
俺は鞄を取ると急いで茜の許へ走った。
「あっくん、もう!」
後ろから奥川の声が聞こえたが、
俺は振り返らなかった。
茜と並んで校舎を出た。
「今日は翔太も洋も
用事があるって言ってなかったか?」
「うん。
でも何だかあっくんが困ってるように
見えたから」
そう言って茜はペロッと舌を出した。
グランドには
残ってドッジボールをしている
子供達の姿があった。
その中の1人の少女に俺の目がとまった。
少女は男子の投げたボールを
体の正面で難なくキャッチすると
男勝りの速い球を投げ返していた。
ショートカットの髪に大きな目、
そして小さい鼻と口が
バランスよく配置された顔は、
成長すれば美人になることが安易に想像できた。
「あの子は隣のクラスの
葉山実果さん」
俺の視線に気が付いた茜が反応した。
「あっくんは転校してきたから
知らないと思うけど、
彼女はこの学校で一番水泳が得意なの」
「隣のクラスっていうことは、ボス猿の?」
「そう。それに彼女は奥川さんの幼馴染よ」
奥川の名前が出たことで
俺の胸がチクリと痛んだ。
「それよりも。
あっくんはどうするの?この後」
「うん?」
「私は今日はピアノのお稽古はないけど、
あっくんは?」
「俺も特に用事はないな」
俺は歩きながら茜の横顔をチラリと盗み見た。
奥川に比べると幼さが残る顔立ちは、
どこからどう見ても小学生の少女だった。
「あっくん、アレもってる?」
「いや、持ってない」
「私ので良ければ吸う?」
俺は茜が煙草を持っていることに驚いた。
てっきり煙草は
翔太が管理しているとばかり思っていたからだ。
しかしそのルールは大吾が生きていた頃の話。
大吾が死んでから3人がバラバラだった間に
状況が変わったのか。
時間は流れている。
人は日々成長しているというのは大袈裟か。
「それなら『Paradise Garden』に行こうか?」
「うん」
茜が鞄から取り出した煙草は
普段俺達が吸っているモノとは違って
細いメンソールの煙草だった。
茜は煙草に火を点けると
ゆっくりと煙を吸い込んでから
口を丸くして煙の輪を1つ、2つと吐き出した。
そして俺の方を見てにこりと微笑んだ。
「あのさ。
茜はどうして大吾達と
遊ぶようになったんだ?」
俺はこの機会に気になっていたことを訊ねた。
「・・何でだと思う?」
茜は俺から目をそらすと
大きな煙の輪を1つ吐き出した。
どうやら俺の問いに
真面目に答える気はないようだ。
「大吾から弱味を握られてたとか?」
俺は鎌をかけた。
茜の手が止まり煙草の灰が地面に落ちた。
茜は顔を上へ向けて細く煙を吐いた。
俺も釣られて空を見た。
学校を出た時には快晴だった空が、
いつの間にか今にも雨が降り出しそうな
曇り空に変わっていた。
「・・今から話すことは
翔太さんと洋さんには秘密にできる?」
「うん?」
秘密と言う言葉は人の興味を掻き立てる。
俺は空を見上げたまま煙草を吸った。
「・・最初はね、
3人で何をコソコソしてるんだろうって
気になったの」
俺の返事を待たずに茜は語りはじめた。
「仲間に入るには
皆の前で煙草を吸わなくちゃいけないのは
あっくんも知ってるでしょ?」
俺は黙って頷いた。
「3人の秘密が煙草だとわかったら、
どうでもよくなって。
男の人って悪いことをするのが格好いい
って思ってるところがあるでしょ?」
そこまで話して茜は俺の顔を見た。
「あっ、でもあっくんは違うのかしら。
あっくんってたまにすごく大人に見えるのよ」
その言葉に俺はどきりとした。
女という生き物は
子供の頃から勘が鋭いのだろうか。
「でも『楽園』っていう言葉には
少しだけ興味があったの」
そこで茜はふたたび煙草を咥えると、
ゆっくり吸い込んでから
「ふぅ」と煙を吐き出した。
俺はその仕草をじっと見ていた。
「実はね。
私、たまに夜家を抜け出して
『楽園』に行くことがあるの」
そう言って茜は笑った。
その笑顔が妙に大人っぽくて、
俺はなぜか目をそらした。
「大吾さんって女の子には弱かったでしょ?」
突然、話が変わった。
「私が仲間に加わって
大吾さんはやり難かったと思うの。
それを翔太さんや洋さんには
気付かれないように必死だったと思うわ。
大吾さんはプライドが高かったから」
大吾の性格を理解し、
そして冷静に分析していた茜に俺は感心した。
俺は茜という少女を
誤解していたのかもしれない。
茜は俺が考えているよりも
ずっと大人で賢い少女なのだ。
「大吾さんは私よりも立場が上だということを
翔太さんや洋さんに示す必要があったの」
俺は頷いた。
茜は煙草を吸ってそれからまた空を見上げた。
俺は黙って続く言葉を待った。
「・・去年の夏休みが終わる頃だったかしら。
私、隠し撮りされたの」
それは突然の告白だった。
「夕方、暑かったからシャワーを浴びてたの。
その時、窓の外から撮られてたみたいで・・」
盗撮。
話の流れからして
その盗撮犯は当然、大吾だろう。
そして茜はその盗撮した映像をネタに
大吾に脅迫されていたのだろうか。
大吾は茜を従わせるためだけに
わざわざ盗撮という行動に出たのか。
その映像をネタに茜にそれ以上のことを
要求したとは考えられないか。
「やだ。あっくんったら、
イヤらしいことを想像してるでしょ?」
「い、いや・・」
俺は慌てて否定した。
「大丈夫。大吾さんにそんな勇気はないから」
「・・そ、そうか」
茜の言葉に俺はホッと胸を撫で下ろした。
「大吾さんはもういないから
一応、安心なんだけど・・」
そう言って茜は少し困ったような顔をした。
「けど?まだ何かあるのか?」
「私を撮ったビデオテープがまだ残ってるの」
茜は煙草を地面に擦って消すと
小さな声で答えた。
「あれを人に見られたら・・。
私、お嫁にいけないわ」
茜の目から1粒の涙が落ちた。




