「スライスパン以来の最高傑作」——私たちの朝食を変えた、奇跡の逆転劇
今日、アメリカ人が何か素晴らしいものを称賛する際、「the best thing since sliced bread(直訳:スライスパン以来の最高傑作)」というスラングを使うことがある。もちろん、話題の中心はスライスパンではないだろう。しかし、これほどまでにスライスパンを高く評価し、称える言葉は他に存在しない。
スライスパンの夜明け:1928年7月7日
Otto Rohwedder——スライスパンの生みの親であるこの男の前職は、宝飾職人だった。しかし、ダイヤモンドの輝きを見極めるその眼力も、彼の新たな旅路を平坦にしてはくれなかった。
最大の障壁は「乾燥」である。パンはスライスした途端に空気に触れる面積が急増し、水分が容赦なく奪われていく。もっちりとした弾力、しっとりとした生地、そして豊かなふくらみが織りなす至高の味わい。いかに断面を美しく揃えようとも、その美味しさが失われてしまえば、パンとしての命は絶たれたに等しい。
1921年、彼は手塩にかけて育てた3軒の宝飾店を手放し、全財産をスライスパン製造機の発明に投じた。だが、鮮度保持の壁は厚く、研究は行き詰まる。追い討ちをかけるように作業場が火災に見舞われ、数百枚の設計図と試作機は、無惨にも灰燼に帰した。
すべてを失ってもなお、彼の執念の炎は消えなかった。数年の歳月を経て、再び資金をかき集めた彼は、ついに歴史の扉をこじ開ける。
1928年7月7日。ミズーリ州にある倒産寸前の小さなベーカリーが、彼の技術を世界で初めて導入した。その機械はパンを均等にスライスするだけでなく、スライスしたパン同士を隙間なく密着させ、そのままワックスペーパーで包み込んで鮮度を閉じ込めるという魔法のような代物だった。結果は劇的だった。わずか数週間でベーカリーの売り上げは20倍に跳ね上がり、奇跡の復活を遂げる。地元紙『Constitution-Tribune』は、この快挙を紙面を割いてこう讃えた。「これはパンが包装販売されるようになって以来、製パン業界における最も偉大な前進である」
現在、アメリカには「スライスパン以来の最高の発明」(the best thing since sliced bread)というスラングがある。とびきり素晴らしい出来事や発明を称賛する際に使われるこの言葉。もちろん、彼らが語っているのはパンのことではない。だが、これこそが、あの不屈の男と彼が生み出したスライスパンに対する、最高の賛辞なのだ。




