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ビキニ誕生の衝撃──三つの布切れが起こした「核爆発」

ビキニが単に男性への「目の保養」をもたらしただけだと考えるのは、いささか浅薄である。実際には、ビキニに対してはフェミニストの中にも賛否両論があったものの、概して言えば、水着の解放は常に女性の解放と軌を一にしてきた。当時の調査によれば、販売されたビキニの85%は水に触れることすらなかったという。人々は海と太陽のシンプルな喜びを渇望していた。女性たちにとって、ビキニを着ることは二度目の解放を意味していたのだ。それは決して性的なものではない。むしろ、自由と生きる喜びの回復を祝う祭典であったのだ。

1946年の夏、世界を揺るがす「爆発」が二度起きた。一つは太平洋のビキニ環礁で、もう一つはパリのファッションショーで――。


同年7月1日、アメリカ軍による核実験のニュースが世界を駆け巡った。パリの技術者、Louis Réard はその圧倒的な破壊力にインスピレーションを受け、自身のデザインした最も小さな水着に「ビキニ」と名付けた。「真の爆発を起こすのは、この水着の方だ」。彼のその言葉は、わずか4日後の7月5日に現実のものとなる。


3枚の小さな布と4本の紐。それが当時の女性たちにどれほどの抵抗感を与えたかは想像に難くない。彼はモデル探しに難航し、最終的にパリの老舗キャバレーで踊る19歳のダンサー、Micheline Bernardini に白羽の矢を立てた。彼女の恐れを知らぬその一歩は、5万通ものファンレターという形で熱狂を巻き起こす。


しかし、時代はまだこの過激な発明を受け入れる準備ができていなかった。「同情はするが、軽蔑もしている」。アメリカの水着業界の重鎮、Fred Cole は『Time』誌でそう吐き捨て、世界中のビーチや美人コンテストからビキニは徹底的に排除された。


風向きが変わったのは、それから数年後のことだ。フランス映画のスクリーンで美しく躍動する少女の姿や、Billboardチャートを席巻したポップソングが、ビキニにまとわりついていた「風紀を乱す」という汚名を洗い流していった。1960年代に入ると、『Playboy』や『Sports Illustrated』の表紙を飾り、Marilyn Monroe や『007』のボンドガールが身にまとうことで、ビキニは時代のアイコンへと昇華した。1988年、Louis Réard が世を去って4年が経つ頃には、ビキニはアメリカの水着市場の2割を占拠し、かつての批判者たちを完全に沈黙させた。


ビキニの歴史を、単なる「男性の目を喜ばせるための進化」と片付けるのはあまりに浅はかだ。初期の議論においてフェミニストたちの間でも賛否が分かれたように、その真の価値は別の場所にある。当時、売れたビキニの85%が水に濡れることすらなかったという事実が、その答えを物語っている。

挿絵(By みてみん)

それは海と太陽を求める「第二の解放」だったのだ。ビキニは性を誇示するための道具ではない。女性たちが自らの意志で自由を謳歌し、生きる喜びを取り戻すための、華麗なる祝祭の幕開けだったのである。

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