数学落第生が創り出した無限の迷宮:大ヒットゲーム『モニュメントバレー』の原点を探る
芸術か、それとも数学か?「不可能」を描き出した異端の版画家 M.C. Escher
数学の成績はからっきし駄目だが、絵の才能には恵まれている。その一方で、数字が織りなす神秘的な世界への憧れをどうしても捨てきれない。そんな時、あなたならどうするだろうか?
オランダの版画家、M.C. Escher が出した答えは、「数学をキャンバスに描き出す」ことだった。
M.C. Escher は「だまし絵(錯視)」を用いた表現で名高い。数式ではなく絵筆を駆使し、対称性、フラクタル、多面体、トポロジー、平面充填、双曲幾何学といった数学的法則を視覚化してみせたのだ。二次元の紙の上で平面と立体の境界線に挑むことを好んだ彼は、とりわけ「最上階まで登ったはずが、いつの間にか一階にいる」ような、あの奇妙な錯覚を創り出す天才であった。永遠にループする風景の中では、観る者は始まりも終わりも見失う。その造形美に息を呑むと同時に、ある種の哲学的な迷宮へと誘い込まれ、思索にふけってしまうのである。
1898年6月17日に生を受けた M.C. Escher は、幼い頃は病弱で、一時期は特別支援学校に通っていた。木工やピアノ、建築を学んだものの、あまりの成績不振から装飾芸術への転向を余儀なくされる。しかし、そこで出会った美術教師が彼の類まれな才能を見抜き、版画の技法を伝授したことが転機となった。彼は生涯を通じて448点の版画と2000点以上のスケッチを残したが、中でも『描く手』『滝』『昼と夜』などは広く知られており、日常の物理法則を根底から覆しつつ、科学的な造形美の極致を示している。
もし彼の作品を見たことがないという方でも、大ヒットゲーム『モニュメントバレー』をプレイしたことがあるかもしれない。あのゲームの世界観こそ、まさに M.C. Escher の作風そのものなのだ。
彼は、一言でジャンル分けすることが極めて困難な芸術家である。芸術という分野を、力技で理数系の領域へと引きずり込んだと言ってもいい。もちろん、その逆もまた然りであるが。




