炎と虚無の叙事詩――1985年6月1日、黒澤明『乱』が世界を平伏させた日
1985年6月1日。この日、人類の映画史に一つの到達点が深く刻み込まれた。
もし、人類がこれまで歩んできた長き道程において、数多の芸術作品の中から「偉大」という言葉を冠するに足るものを一つ選ぶとするならば、我々は決して黒澤明の『乱』を見過ごしてはならない。
本作が映画史において決定的な異彩を放つ理由は、西洋文学の最高峰たるウィリアム・シェイクスピアの『リア王』を、東洋の戦国絵巻という独自の美学へと完璧に昇華させた点にある。洋の東西を問わず、文化の根底に流れる精神的土壌は大きく異なる。その深淵なる差異を乗り越え、二つの魂をいささかの矛盾もなく融合させることは、人間と歴史に対する極めて深い洞察力がなければ成し得ない神の業だ。
そして何より我々を驚嘆させるのは、この壮大なる幻影をフィルムに焼き付けた時、巨匠の視力はすでにほとんど失われていたという事実だ。
肉体の眼が闇に閉ざされゆく中で、彼の内なる眼差しは、かえって鮮烈な色彩と残酷なまでの美しさをはっきりと捉えていた。緑なす大草原、大地を染め上げる鮮血、そして天空を重く覆う黒雲。地獄の業火に包まれ崩れ落ちる城の悲劇は、東洋的な無常観を纏い、息を呑むほどに壮麗にして凄惨な叙事詩として結実したのである。
『乱』は、神の視座から見下ろした人間の愚かさと悲哀の記録である。1985年のあの日、黒澤明が世界に提示したこの美しき黙示録は、時を越え、今もなお我々の魂を激しく揺さぶり続けている。




