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神の座を越えて:全人類の歴史に「足跡」を刻んだ15分の死闘

エベレストにとって、1933年4月3日は永遠に記憶されるべき一日となった。地球の頂で数千万年もの間、ただ孤独にそびえ立っていたその孤高の頂を、この日の朝、初めて人類が飛び越え、挨拶を交わしたのだ。


イギリスからやって来た2機の複葉機。その操縦桿を握っていたのは、30歳の英国王立空軍パイロット、Hamiltonと、28歳のMcIntyre。そして同乗するオブザーバーのBlackerとBonnett であった。


上空の極寒に耐えるため、彼らの分厚い羊革の飛行服には電熱ヒーターが組み込まれていた。しかし、当時のエンジン性能の限界から、積載できる燃料と酸素には限りがあり、彼らに与えられた時間はわずか15分。その短い時間内に山頂を越えなければならなかったのだ。


エベレストは決して歓迎ムードではなかった。実のところ、ほんの10年足らず前、MalloryとIrvineという二人の勇敢な登山家が、北壁の茫々たる白雪の中に姿を消していた。Hamiltonたちの目的の一つは、空からこの偉大な先駆者たちの痕跡を見つけ出すことでもあった。


しかし、山頂に近づくや否や、その副次的な任務が到底不可能であると思い知らされる。風下で吹き荒れる狂暴な乱気流に巻き込まれ、2機の機体は何度も急降下し、あわや墜落の危機に瀕したのだ。最終的にエベレストの頂をその目に焼き付けることはできたものの、機体に搭載されたEagle III Williamson航空カメラは、鮮明な写真を一枚も捉えることができなかった。


予測不能なまでに荒れ狂う天候を前に、4人の若者は引き返すという苦渋の決断を下す。彼らが再び好機を掴み、エベレストの空へ舞い戻ったのは、それから16日後のことだった。そしてついに、人類史上初となる「空から見下ろしたエベレスト」の撮影に成功したのである。


10年前の先駆者たちの足跡を発見することは叶わなかった。だが、Hamiltonたちが命懸けで撮影したその写真群は、それから20年後、Edmund HillaryとTenzing Norgayが人類初のエベレスト徒歩登頂という栄誉に挑む際、計り知れない貢献を果たすこととなる。


貴族の家系に生まれたHamilton。エベレストの空を飛ぶ前は、名門イートン校からオックスフォード大学へ進学し、ボート競技に汗を流す青年だった。そして飛越の偉業を成し遂げた後、第二次世界大戦が勃発すると、彼は3人の兄弟と共に王立空軍の戦闘機に乗り込み、連合軍の空を命懸けで守り抜いた。

挿絵(By みてみん)

エベレストを征服した男にとって、人類を守るために戦うことは、造作もないことだったのかもしれない。

#人類を変えた足跡シリーズ物語 第六十二回

第14代ハミルトン公爵ダグラス・ダグラス=ハミルトンは、スコットランドの貴族、初期のパイロットである。1933年4月3日にエベレストを越える飛行を行った。

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