王都へ
リン王国を大国と評さぬ者など、少なくともこの大陸においてはいないだろう。
初代国王と契約を結んだ青きドラゴンが守護聖獣として存在していることも有名な原因だし、恵まれた土地による豊富な資源と広大な領地を背景にして人も多い。
そのせいで度々隣国に狙われ戦火を交えた歴史はあるが、大戦でそういった国は滅ぶか滅ぶ寸前まで追い詰められた。
いや、滅びかけたのはリン王国も同じだ。
いかに大国とは言え人知を超えた力を持つ暗黒の軍勢と、なにより誰も殺しきれない極限の暴力の化身である大魔神王の前にはどうしようもない筈だった。
だが無尽蔵とも思えた異形の軍勢は有限だった。
様々な権能を持った超越者達はより超越した力に敗れた。
極限の暴力と馬鹿げた耐久力の化身は、より純粋に、より強大な闇に戻りながらも光に打ち倒された。
そして生きとし生ける者全ての命の輝きを見た者達は、復興の道をひた走って世界を元に戻した。
尤も皮肉なことにその命の輝きへの強い思いこそが、最強の切り札である勇者の命を追い詰め、彼が未だに大手を振って表に出れない原因となったが……。
話を戻そう。
光を心に宿した人々を導きリン王国を再建した名君にして、自国どころか世界各国に強い影響力を保持し続けているゲイル・リンは……。
「ふう……落ち着け馬鹿め」
非常に珍しいことにそわそわして自分へ言い聞かせていた。
それも全ては弟からの連絡が原因だ。
『そっち行くから』
あまりにも端的な言葉が連絡を取り合うための魔道具から飛び込んで以来、ゲイルは落ち着きがなくなっていた。
(恐らくギャビンが王都に帰ってくるのは七十年ぶりの筈だ)
かつてのギャビン・リン、今はマックスと名乗る竜滅騎士はゲイルの考え通り、大戦後に預かっていた幾つかの秘宝を返すために王都に訪れて以降この地を避けていた。
そんな弟が勇者パーティーのほぼ全員とやってくるのだから、平静を保つのは無理だというものだろう。
(パレードは出来んがな……)
尤も政治的な思考は忘れていない。大戦はもう七十年を過ぎているが、大々的に勇者パーティーが健在だと発表して再び光が集まり、最後の保険であるフェアドに負担がかかるようなことは避ける必要がある。
つい最近、下手をすれば大魔神王が復活していたかもしれないなら猶更だ。
「失礼しますよ」
「どうぞ」
思考に耽っていたゲイルは、扉の向こうから聞こえてきた声で我に返ると入室の許可を出した。
部屋に入ってきたのは長身の美しい女だった。腰まで流れる髪と瞳はどこまでも青く、宝石がそのまま人体の一部になったかのようだ。
更に人が生み出すのは不可能と思えるほど完璧な顔立ちと肉体美をしているのだが、ある意味それもその筈。
自分で作った顔と体なのだ。
「あの子がお友達と帰ってくるようですね」
「はい。先ほど連絡がありました」
女はかつて国王だったゲイルに遠慮することなく言葉を発し、ゲイルの方はまるで格上に話すかのようだ。
なにせゲイルと女は孫以上に年齢が離れており、女が年上でゲイルが遥かに年下だ。
「楽しみですね」
「はいエリー様」
エリーという名も、そして姿すらも仮のものである。
真なる姿はもっと大きく、もっと強大で、もっと恐ろしい。
神話に名高き最初のドラゴンの娘の一柱であり超越種。青きドラゴンと呼ばれる者こそがエリーの正体だ。
そしてマックスの力の大本でありながら、乗り越えられた者でもある。
余談だがこのドラゴン、強力すぎるが故に神々が危惧して非常に強い制限を設けており、力を振るうことが中々できない。その縛りのきつさは大戦中ですら発揮され、王都を出ることすら途轍もなく苦労する有様で、大魔神王や敵対するドラゴンに閉じ込められた箱入り娘と馬鹿にされる始末だった。
そんなエリーこと青きドラゴンとゲイルが意識を向けているマックスは今現在……。
「はっくしょん!」
馬車の中でくしゃみをしていた。
「この感じ……兄貴とおばはんだな。そうに違いない」
しかも非常に高性能な探知機を装備しているようで、くしゃみの原因を断定していた。
「おばはん? まさかそれって青き……」
「指輪から偶に思念が送られてくるんだけどよ。まあまあ、ちゃんとご飯食べてる? 今何してるの? 布団は干してる? 洗濯物は忘れてない? 風邪はひいてない? って聞かれてみろ」
「そりゃあなんとも……」
「ほほほほほほほ」
フェアドは妙に訛った呼称をするマックスになんとも言えない表情をしたが、その原因を知ってもっと変な顔になった。そしてエルリカは、自分が何十年も前に息子へ送った手紙を思い出し笑い声を漏らしてしまう。
「だっはっはっはっ! そりゃおばはんだな!」
(コニーが風邪ひいてないよなと心配してた男がよく笑えるもんだけど、言わないでおいてやるとするかね)
それを聞いていたサザキが酒瓶から口を離して爆笑するが、ララはこの酒飲みが孫やひ孫、玄孫に対し似たような独り言を呟いていたことを漏らさず、頬を吊り上げるだけで済ませてやった。
(素晴らしい仮説を思いついた。王が王冠を被っているのは、首を鍛えるためなのではないか? それなら豪華で大きいのも頷ける。日常的な鍛錬を行うとは……流石は王だ)
なおマックスの言うおばはんと関わりがあまりないシュタインは、本当にいつも通りとんでもない仮説を思いついていた。
「あー……腹は括ってるけど気まずい……」
そんな仲間達に囲まれてマックスは憂鬱そうに、しかし懐かしさを隠しきれていない声を漏らすのであった。




