次なる旅
世界の頂点である上澄みで激震が走った。
ウードによる演算を一部読み取ったララが、秘宝は元々アルジナ王国にあった大魔神王の臣下に由来するものであることを突き止めると、政治の仕事であるためエルリカやシュタインが教会勢力に、マックスは兄であるゲイルに連絡を行った。
下手をすれば世界を相手取れるどころか、勇者パーティーがいなければ単身でも圧勝していた怪物が復活していたかもしれない事態に、連絡を受けた世界の上澄み達は血眼になったといっていい。
しかも原因が大魔神王の臣下が関わっている秘宝なのだから最悪だ。
ウードと違ってアルジナ王国の目的は、単に完璧な未来予測装置の作成だったが、いかに閉鎖的だろうが大魔神王と少しでも関わる遺物で遊ぶなというのは子供でも知っていることだ。
大魔神王のある意味癇癪で滅ぼされそうになった命ある者達にとっては、本当に赤き空と大いなる魔はトラウマなのである。常に復活を危惧しておりトラウマを打ち倒した勇者パーティーを危険視せず、もし次があったらどうしようもないから、長生きしてくれと願う程度には。
そして通常の寿命を持つ人間種でも、大戦を経験した当事者世代がギリギリ生きており、そういった者達は年寄りであるため隠居状態だが強い影響力を持つため即座に動いた。しかしそんな者達でもパニックを起こしかけているのだから、すぐに公にできることではない。
特に当事者世代が多く存命している国家、例えば長命種のエルフやドワーフの国家に住む民衆が知れば即座に大パニックが起こり、間違いなく死者が出るほどに途轍もない騒動になるだろう。
そのため秘密裏に動かせる最大戦力を投入し、政治的にも封殺しながらアルジナ王国に介入しようとしたのだが……。
「ゲイル様、ご報告が……」
「……どうした?」
代々リン王国王家に仕える一族出身のモノクルを掛けた初老の男が、珍しく妙に言い難そうにしているため、ゲイルは嫌な予感を覚えたが事態は斜め上を突き抜けていた。
「その……なんと言いますか、アルジナ王国の首脳部が腑抜けになって混乱していると言いますか……」
「うむ……うん?」
報告に裏もなく言葉通りなのだ。
アルジナ王国が七十年も固執した、完璧な未来演算装置を作り出すという夢は、ウードが持ち逃げしたことで途絶えた。
しかも追うような戦力や人員が閉鎖的なアルジナ王国にある筈もなく、大魔神王の臣下が関わっている秘宝のことを外部に漏らすこともできないため詰んだ。
そのため固執していた年寄り、つまり王国の上層部が生きる目的を失って機能不全に陥っていたのだ。
「教会勢力と協力して混乱を収拾する形で介入するか」
(全く分からん話でもないが……)
とは言え父が心を病んだゲイルにしてみれば理解できる話だし、嫡男や愛する妻が死んで政務を放り出した王や貴族も探せばそこそこいる。
そしてゲイルがアルジナ王国に介入する算段を少々修正して行動を起こすと事態は急速に展開し、アルジナ王国は事実上リン王国と教会勢力が管轄していくことになる。
その騒動が一息ついた時点でゲイルの弟、マックスはどうしているかというと……。
「またかよ。面倒が起こってからずっとだ。俺の酒の味まで変わりそうなくらい塗り薬くせえぞマックス」
「うっさい。年寄りなんだからこれくらいしておく必要があるんだよ」
顔を顰めているサザキの言う通り、マックスは事件が終わってからもずっと、全身のあちこちに筋肉の炎症を抑える薬を塗りまくって自分の体を労わっていた。
擬きだったとはいえ、流石に相手が大魔神王ともなれば肉体と精神の疲労が大きく、更にはアルジナ王国が似たような秘宝を隠し持っている場合に備えていたので休む時間がなかったのだ。
「運動による筋肉の負担と限界値に関することを研究している学者はいないのか?」
「いるにはいるだろうけど通常の人間限定だろうさ。モンクの限界値まで調べてる奴はよっぽどの暇人だね」
「むう……」
マックスに比べてシュタインはいつも通りで、床で腕立て伏せをしながらララに質問をしていた。
「いい天気ですねえ」
「そうじゃのう」
更にエルリカとフェアドもまたいつも通りのしわくちゃ婆と爺であり、呑気にお茶を飲んでいた。
「そろそろ出発しようかの」
十分休んだフェアドが次の目的地に向かおうかと呟く。
卵が先か鶏が先か。
問題が起こるからフェアドが旅に出ようと思ったのか、それともフェアドが旅に出たから問題が起こるのかは誰にも分からない。
だがどちらにせよフェアドは、次の目的地に出発した方がいいと判断した。
そこからは早かった。
「姐さん、皆さん。どうかお元気で」
「再びになりますが天気がいいことを祈っております」
(サイン……)
「まあぼちぼちやってくさ」
出発の予定を聞いたデリーやアルドリックなどが、秘宝の件を知らされて忙しい中でもアニエス邸を訪れて、ララのいつも通りの吊り上がった笑みを向けられる。
「ひいひいお爺ちゃん、ひいひいお婆ちゃん。元気でね」
「おう! 次に会ったらもっとデカくなってるんだろうな! ははは!」
コニーもまた高祖父母を見送るためにやって来て、玄孫には少々対応が違うサザキに頭を撫でられていた。
コニーは秘宝のことを知らず事件も演算世界のことでしかなかったため、いつも通りの学生生活を送っていた。
勿論それはこの場にいないフランツも、そしてハーゲンとエメリーヌもそうだ。
ウードと彼に従っていた猟犬達が演算世界で消滅した以上、明かされなくていい秘密は秘密のまま保たれる。
そして友情をトリガーとする運命の申し子の無意識で馬鹿げた力は、終わった国の血統が利用されることと、作られた命が利用されない以上は大人しいものだ。
「親父、母さん。旅が終わったらここに来なよ」
「どうかご遠慮なく」
ファルケとアニエスが、サザキとララに話しかける。
「気が向いたらな。なあララ?」
「まあそうだね」
旅が終わったら本格的に死に場所を決める必要があるサザキとララは、息子に対していつも通り素直ではない反応を返す。
「だがまあ、ありがとよ。なるべく覚えとくわ」
「私もね」
「記憶力が怪しいなら帰ったときにもう一回言うとするよ」
しかしなんだかんだ分かりやすい反応も返し、ファルケも手慣れた対応をする。
「ほっほっほっ」
「ほほほほ」
それを見ていたフェアドとエルリカは、馬車に乗りながら相変わらずの友人に微笑んでいた。
「それじゃあな」
「風邪ひくんじゃないよ」
サザキとララもまたあっさりと馬車に乗り込む。今生の別れではない上に、感動的な別れの余韻などとは全く無縁の二人なのだ。
実に簡素に別れを済ませて馬車は歩みを始めた。
「本当に変わらない親だった」
「はははははは」
馬車を見送るファルケの呟きにアニエスが笑う。
「嬉しそうじゃないか」
「そりゃ気のせいってもんだ」
そして馬車の中ではララの視線から逃げるように、サザキが酒を飲んでいた。
あっさりとしたものだったが、確かに親子の絆がそこにはあった。
そしてこの馬車には親への墓参りをしなければならない男が一人いる。
「はあ……どうしよう……いざ行くとなるとなんか緊張してきた……」
マックスの顔は憂鬱と緊張、そして懐かしさを宿していた。
一行が次に目指すのはリン王国王都。
大陸最大国家の中心であり何かと縁が深い場所である。
つまりグリア学術都市とは比較にならない程、関係者が数多くいる場所にして、勇者パーティーのハチャメチャに巻き込まれた色々な意味での被害者も多い大都市であった。
二章が終わりましたが、今んとこ面白いと思ってくださったら、下の☆☆☆☆☆☆で評価していただけると作者が泣いて喜びます!




