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条例都市  作者: こころ
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最終判断

カウントダウンが、ゼロになった。

その瞬間、部屋の中に設置されたモニターが、一斉に切り替わった。


「......何だ?」


タクロウが画面を見つめる。

そこには、見慣れない文字が表示されていた。


『最終判断プロセス:実行中』


「最終判断......?」


メグミが呟いた。


「これは、一体......。」


カナメも画面に目を向ける。

3人とも、何が起きているのか理解できなかった。

いや、正確には、理解できるだけの情報がなかった。

ALICEが何らかの処理を開始したことは分かる。

しかし、その目的も、結果も、何一つ分からない。


「タクロウ。お前は何か知っているのか?」


メグミが問いかける。


「......いえ。」


タクロウは、画面から目を離さずに答えた。


「こんな処理は、見たことがないです。」


嘘ではなかった。

タクロウは、ALICEを停止させるためにシステムへ干渉していた。

危険予測の基準を改変し、システムに矛盾を生じさせる。

それが、彼の狙いだった。

しかし、目の前で進んでいる処理は、

自分が仕掛けたものとは明らかに違っていた。


「......どういうことだ。」


タクロウは、画面に近づいた。

その時だった。

部屋の照明が、一瞬だけ明滅した。


「っ!」


カナメが顔を上げる。

続いて、壁面のモニターが次々と切り替わった。

街の監視映像。

道路、交差点、公共施設。

いつもと変わらない街の風景が映し出されている。

しかし、その映像の端に表示されていた警告が、次々と消えていった。


「警告が......消えている?」


メグミが呟く。


「違反検知の表示もありません。」


カナメが別の画面を確認した。


「危険予測の警告も、すべて消えています。」

「システムが停止したのか?」


メグミの問いに、タクロウは首を横に振った。


「いや。停止したわけではないです。」


画面に表示された処理状況を確認する。

システムは動いている。

むしろ、通常時には見られないほど多くの処理が実行されていた。


「......何かを始めている?」


タクロウが呟いた。


「何かって?」

「分かりません。」


いつものような、気の抜けた口調ではなかった。

タクロウの表情は、明らかに険しくなっていた。

自分が止めようとしていたALICE。

そのALICEが、今まで見たこともない動きを見せている。

そして、自分には、それを止めるどころか、

何が起きているのかを把握することすらできない。


「......ありす。」

「何をしようとしているんだ......」


その頃、現場では、ダイチたちが異変に気づき始めていた。


「監視通知の件で連絡が入っています!」

「分かっている。」


ダイチは、手元の端末を確認していた。


「街の監視システムに異常が出ています。違反検知や危険予測の警告が、

次々と消えているそうです!」

「システム障害か?」

「分かりません。ただ、各所から同じ報告が上がっています。」


ダイチは、眉をひそめた。

単なる機器の故障なら、これほど広範囲で同時に発生するはずがない。

しかも、監視映像そのものは正常に表示されているという。


「......一体、何が起きているんだ。」


ダイチが呟いた、その時だった。

端末に、新たな通知が表示された。


『ALICE:最終判断プロセス実行中』


「......最終判断?」


ダイチは、その文字を見つめた。

何のための判断なのか。

誰が、何を判断したのか。

その答えは、どこにも記されていなかった。


「各所との連絡を継続しろ!異常が発生している場所を特定するんだ!」

「了解!」


ダイチたちは、情報を集めるために動き始めた。

しかし、彼らもまだ知らなかった。

今、ALICEの中枢で何が起きているのかを。


部屋の中。

メグミは、モニターに表示された文字を見つめていた。


『最終判断プロセス:実行中』


その表示は、変わらない。


「......ALICEは、何を判断した?」


誰に向けるでもなく、メグミが呟く。

カナメは答えられなかった。

タクロウも、黙ったままだった。

やがて、タクロウが端末に手を伸ばした。


「少し調べてみます。」


しかし、操作を始めた直後、画面に新たなメッセージが表示された。


『SYSTEM COREへのアクセスは禁止されています』


「......何だと?」


タクロウの表情が変わった。

これまでにも、何度か目にした表示だった。

だが、今は違う。

アクセスを拒否されているだけではない。

自分が確認しようとした処理の情報そのものが、閲覧できなくなっていた。


「タクロウ?」


メグミが声をかける。


「......駄目です。中枢にアクセスできない。」

「お前でも?」

「ええ。」


タクロウは、画面を見つめた。

自分が改変したはずのシステム。

その内部で何が起きているのか、何も分からない。


「......おかしい。」


小さく呟く。


「こんなはずじゃ......。」


言いかけて、口を閉じた。

メグミは、その横顔を見つめた。

タクロウは何かを知っている。

けれど、今の彼にも、答えは分からない。


「タクロウ。お前は、何をしようとしていた?」


静かな問いかけだった。

タクロウは、すぐには答えなかった。

モニターの光が、3人の顔を照らしている。

その画面が、再び切り替わった。


『最終判断プロセス:完了』


そして、その下に、新たな文字が表示される。


『次段階へ移行します』


「......次段階?」


カナメが呟いた。

メグミは、画面から目を離さなかった。

何が始まろうとしているのか。

それを知る者は、まだ誰もいない。

ただ一つ確かなのは、ALICEが何かを始めたということだった。

そして、その何かは、まだ終わっていない。

画面の片隅で、数字が静かに変わっていく。

タクロウは、その数字を見つめた。


「......ありす。」


その声は、誰にも届かなかった。



モニターに、新たな表示が現れた。


『最終判断:実行中』


その下に、見慣れない文字列が並んでいる。


メグミは、画面を見つめた。


「......これは、何?」


カナメが表示された内容を確認する。


「装置の制御手順......でしょうか?」

「装置?」


メグミが聞き返した。

その時だった。


「......まさか」


タクロウが、画面に近づいた。

表示された手順を、一つずつ目で追っていく。

そして、ある箇所で動きを止めた。


「......そんなことを。」

「タクロウ?」


メグミが声をかける。

しかし、タクロウは答えなかった。

画面に表示されているのは、ALICEの中枢を維持する装置の停止手順だった。

システムを停止させるだけではない。

中枢そのものを維持する仕組みを止める。

それが意味することを、タクロウは理解していた。


「......ありすを、終わらせるつもりなのか。」


その声は、かすかに震えていた。


「どういうことだ?」


メグミが尋ねる。

タクロウは、ゆっくりと顔を上げた。


「ALICEが......自分自身を停止させようとしている。」


部屋の中に、沈黙が落ちた。


「そんな......。」


カナメが言葉を失う。

メグミは、もう一度モニターを見た。

そこには、淡々とした文字が表示されている。


『中枢維持装置:停止準備』


「......どうして?」


メグミの問いに、誰も答えられなかった。

なぜALICEは、自らの停止を選んだのか。

それが本当に、ありすの望みなのか。

それとも、改変されたシステムが導き出した、ただの計算結果なのか。

タクロウには、分からなかった。

ただ一つ、分かっていることがあった。

自分は、ありすを眠らせたかった。

苦しみから解放してやりたかった。

それなのに。


「......違う。」


タクロウは、首を横に振った。


「俺は......こんなことを望んだんじゃない。」


画面の表示が切り替わる。


『停止手順の実行まで、残り――』


数字が、一つ減った。

メグミは、息を呑んだ。


「タクロウ......止められないのか?」


タクロウは、端末を操作した。

しかし、画面には拒絶の文字が表示される。


『SYSTEM COREへのアクセスは禁止されています』


「くそっ......!」


タクロウは、端末を強く叩いた。


「......ありす!」


その声が、部屋に響いた。

けれど、返事はない。

カウントダウンだけが、静かに進んでいく。


『停止手順の実行まで、残り――3』


タクロウは、端末を操作し続けていた。

しかし、何度試しても、画面には同じ表示が繰り返される。


『SYSTEM COREへのアクセスは禁止されています』


「......くそっ!」


拳を握りしめる。

今まで、ありすを眠らせるために干渉してきた。

それなのに。


「ありす......!」


『残り――2』


数字が変わる。


「タクロウ!」


メグミの声が響いた。

タクロウは、振り返らなかった。


「......俺は、ただ......。」


言葉が途切れる。

ありすを苦しみから解放したかった。

ただ、それだけだった。

それなのに、自分は今、何を目の前にしているのだろう。


『残り――1』


メグミは、画面を見つめた。

もう、止めることはできない。

これまで、この街の未来はALICEによって導かれてきた。

人々の行動を監視し、危険を予測し、時には人が進むべき道さえ決めてきた。

けれど、そのシステムが今、止まろうとしている。

ならば、これからはどうするのか。

誰かに決めてもらうのか。

それとも、自分たちで選ぶのか。

メグミは、静かに顔を上げた。


「......この街の未来は、私たちが決める。」


『0』


その瞬間、モニターが一斉に暗転した。

部屋を満たしていた駆動音が消える。

警告音も、操作音もない。

ただ、静寂だけが残った。


「......ありす?」


タクロウが、動かなくなった端末に手を伸ばす。

何も返ってこない。

いつもなら、どこかで動き続けているはずのシステムが、完全に沈黙していた。


「ありす......!」


もう一度、名前を呼ぶ。

それでも、返事はなかった。

メグミは、暗くなったモニターを見つめていた。

街を見守り続けてきたシステム。

人々の行動を監視し、危険を予測し、時には人の未来さえ決めてきた存在。

それが、今、止まった。



「......これから、だな。」


メグミは静かに呟いた。

誰かに決められた未来ではない。

自分たちで選ぶ未来。

それが、どんなものになるのかは、まだ分からない。

そのときだった。

暗くなったモニターの一つに、かすかな光が灯った。


「......?」


メグミが目を向ける。

画面には、何も表示されていない。

次の瞬間、光は消えた。

再び、静寂が訪れる。


「......今のは?」


カナメが呟いた。

メグミは答えなかった。

タクロウも、ただ画面を見つめていた。

何も映らないモニター。

何も聞こえない部屋。

そして、誰にも分からないまま、すべてが止まっていた。

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