沈黙
部屋の中は、静まり返っていた。
つい先ほどまで、無数の情報を映し出していたモニター。
そのすべてが、暗闇に包まれている。
「......止まった、のか?」
メグミが、小さく呟いた。
返事をする者はいなかった。
タクロウは、目の前のモニターを見つめていた。
何も映っていない画面。
そこには、いつも街の様子を映し出していた監視映像も、
システムの稼働状況を示す情報もない。
「......ありす。」
思わず、名前が口から漏れた。
長い間、追い続けてきた。
彼女を救うために、ここまでやってきた。
そのために、ALICEに干渉し、システムを改変した。
すべては、彼女を眠らせるためだった。
そして今、ALICEは停止した。
それなのに。
「......これで、よかったんだよな。」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
タクロウは、ゆっくりと目を閉じた。
思い出すのは、かつて隣で笑っていたありすの姿。
何気ない会話。
いつもの笑顔。
もう二度と戻らないと思っていた、あの日々。
彼女がいなくなった理由を知った時、どれほどの後悔を抱いたことだろう。
なぜ、何も話してくれなかったのか。
なぜ、一人で決めてしまったのか。
何度も問いかけた。
けれど、答えが返ってくることはなかった。
それでも、彼女を責めることはできなかった。
ありすが何を考え、何を守ろうとしたのか。
今なら、少しだけ分かる気がするから。
「タクロウ......。」
メグミが声をかけた。
タクロウは、ゆっくりと目を開ける。
「......大丈夫です。」
そう答えたものの、その声には力がなかった。
大丈夫なはずがない。
本当にありすを救えたのか。
それを確かめる方法さえ、今は失われている。
タクロウは、もう一度モニターに目を向けた。
何も映らない。
何も聞こえない。
それが、彼の望んでいた結果だったはずなのに。
「......静かですね。」
カナメがぽつりと呟いた。
三人が、暗い画面から目を離せずにいた。
「いつもなら、何かしらの通知が入っていたはずです。
街のどこかで違反があれば、警告が出る。
危険が予測されれば、執行部に連絡が入る。」
カナメは、誰に言うでもなく続けた。
「それが、当たり前でした。」
当たり前。
その言葉に、メグミはわずかに目を伏せた。
この街では、ALICEが判断することが正しいとされてきた。
システムが危険だと判定すれば、人々はそれに従う。
システムが違反だと判断すれば、執行部が動く。
誰もが、その判断を疑わなくなっていた。
「隊長?」
「......これからは違う。」
メグミが、小さく呟いた。
「今までは、ALICEが判断していた。
私たちは、その判断を基に行動してきた。」
メグミは、暗い画面を見つめた。
「でも、これからは、自分たちで考えなければならない。
何が正しくて、何が間違っているかを。」
それは、決して簡単なことではない。
システムがなくなれば、すべてうまくいくわけではない。
判断を誤ることもあるだろう。
誰かの行動によって、傷つく人もいるかもしれない。
それでも、人が考えることをやめてしまえば、
同じことを繰り返すだけだ。
「......ありすは。」
メグミが、静かに口を開いた。
「最後まで、この街を守ろうとしていたんだな。」
タクロウは答えず、うなだれていた。
「でも......」
メグミは、言葉を続けた。
「守ることと、守り続けることは、同じじゃない。」
タクロウが顔を上げた。
「誰かを守るために、自分自身を犠牲にする。
それが、必ずしも正しいとは限らない。」
メグミは、自分の手を見つめた。
市長も、ありすも、タクロウも。
大切なものを守ろうとして、何かを選んできた。
失いたくない。
苦しませたくない。
もう二度と、同じ思いをしたくない。
その気持ちは、きっと誰にも否定できない。
けれど、その願いが強すぎるあまり、
誰かの未来を奪ってしまうこともある。
市長は、失った娘をもう一度取り戻そうとした。
ありすは、誰かを守るため自分の未来を差し出した。
そして、タクロウは、ありすを救うためにALICEを止めようとした。
それぞれの思いは、決して間違いだけではなかったはずだ。
それでも、誰かの願いだけで、すべてを決めていいわけではない。
「......私も、同じことをするところだったのかもしれない。」
「隊長......?」
カナメが、心配そうに声をかける。
メグミは、静かに首を振った。
「......何でもない。」
そう言って、再びモニターを見つめる。
もう、そこに答えはない。
これから、この街をどうしていくのか。
誰かが決めてくれるわけではない。
ALICEが停止した今、人々は自分自身で考え、選ばなければならない。
「......行こう。」
メグミは、二人に告げた。
「隊長、どちらへ?」
「みんなのところへ。」
メグミは、扉へ向かって歩き始めた。
「これからどうするのか、話し合わなければならない。」
カナメは、すぐにその後を追った。
タクロウも、二人の後に続こうとした。
しかし、扉の前で、ふと足を止めた。
最後にもう一度だけ、モニターを振り返る。
暗い画面。
そこには、何も映っていない。
「......ゆっくり休めよ。」
小さく呟き、タクロウは部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋には、静寂だけが残された。
暗くなった部屋を出ていこうとした、その瞬間。
『ごめんね。』
懐かしく、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、
タクロウは立ち止まり、振り返った。
そこには、何も映ってない黒い画面があるだけだった。
「......気のせいか?」
その時、懐かしい香りを感じた気がした。
「......ありす?」
聞き間違えるはずもない声。
懐かしい香り。
その声は確かに『ありす』だった。
「ありす......。」
タクロウの頬を、一粒の涙がこぼれ落ちた。




