↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
条例都市  作者: こころ
54/54

沈黙

部屋の中は、静まり返っていた。

つい先ほどまで、無数の情報を映し出していたモニター。

そのすべてが、暗闇に包まれている。


「......止まった、のか?」


メグミが、小さく呟いた。

返事をする者はいなかった。

タクロウは、目の前のモニターを見つめていた。

何も映っていない画面。

そこには、いつも街の様子を映し出していた監視映像も、

システムの稼働状況を示す情報もない。


「......ありす。」


思わず、名前が口から漏れた。

長い間、追い続けてきた。

彼女を救うために、ここまでやってきた。

そのために、ALICEに干渉し、システムを改変した。

すべては、彼女を眠らせるためだった。

そして今、ALICEは停止した。

それなのに。


「......これで、よかったんだよな。」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

タクロウは、ゆっくりと目を閉じた。

思い出すのは、かつて隣で笑っていたありすの姿。

何気ない会話。

いつもの笑顔。

もう二度と戻らないと思っていた、あの日々。

彼女がいなくなった理由を知った時、どれほどの後悔を抱いたことだろう。

なぜ、何も話してくれなかったのか。

なぜ、一人で決めてしまったのか。

何度も問いかけた。

けれど、答えが返ってくることはなかった。

それでも、彼女を責めることはできなかった。

ありすが何を考え、何を守ろうとしたのか。

今なら、少しだけ分かる気がするから。


「タクロウ......。」


メグミが声をかけた。

タクロウは、ゆっくりと目を開ける。


「......大丈夫です。」


そう答えたものの、その声には力がなかった。

大丈夫なはずがない。

本当にありすを救えたのか。

それを確かめる方法さえ、今は失われている。

タクロウは、もう一度モニターに目を向けた。

何も映らない。

何も聞こえない。

それが、彼の望んでいた結果だったはずなのに。


「......静かですね。」


カナメがぽつりと呟いた。

三人が、暗い画面から目を離せずにいた。


「いつもなら、何かしらの通知が入っていたはずです。

街のどこかで違反があれば、警告が出る。

危険が予測されれば、執行部に連絡が入る。」


カナメは、誰に言うでもなく続けた。


「それが、当たり前でした。」


当たり前。

その言葉に、メグミはわずかに目を伏せた。

この街では、ALICEが判断することが正しいとされてきた。

システムが危険だと判定すれば、人々はそれに従う。

システムが違反だと判断すれば、執行部が動く。

誰もが、その判断を疑わなくなっていた。


「隊長?」

「......これからは違う。」


メグミが、小さく呟いた。


「今までは、ALICEが判断していた。

私たちは、その判断を基に行動してきた。」


メグミは、暗い画面を見つめた。


「でも、これからは、自分たちで考えなければならない。

何が正しくて、何が間違っているかを。」


それは、決して簡単なことではない。

システムがなくなれば、すべてうまくいくわけではない。

判断を誤ることもあるだろう。

誰かの行動によって、傷つく人もいるかもしれない。

それでも、人が考えることをやめてしまえば、

同じことを繰り返すだけだ。


「......ありすは。」


メグミが、静かに口を開いた。


「最後まで、この街を守ろうとしていたんだな。」


タクロウは答えず、うなだれていた。


「でも......」


メグミは、言葉を続けた。


「守ることと、守り続けることは、同じじゃない。」


タクロウが顔を上げた。


「誰かを守るために、自分自身を犠牲にする。

それが、必ずしも正しいとは限らない。」


メグミは、自分の手を見つめた。

市長も、ありすも、タクロウも。

大切なものを守ろうとして、何かを選んできた。

失いたくない。

苦しませたくない。

もう二度と、同じ思いをしたくない。

その気持ちは、きっと誰にも否定できない。

けれど、その願いが強すぎるあまり、

誰かの未来を奪ってしまうこともある。


市長は、失った娘をもう一度取り戻そうとした。

ありすは、誰かを守るため自分の未来を差し出した。

そして、タクロウは、ありすを救うためにALICEを止めようとした。

それぞれの思いは、決して間違いだけではなかったはずだ。

それでも、誰かの願いだけで、すべてを決めていいわけではない。


「......私も、同じことをするところだったのかもしれない。」

「隊長......?」


カナメが、心配そうに声をかける。

メグミは、静かに首を振った。


「......何でもない。」


そう言って、再びモニターを見つめる。

もう、そこに答えはない。

これから、この街をどうしていくのか。

誰かが決めてくれるわけではない。

ALICEが停止した今、人々は自分自身で考え、選ばなければならない。


「......行こう。」


メグミは、二人に告げた。


「隊長、どちらへ?」

「みんなのところへ。」


メグミは、扉へ向かって歩き始めた。


「これからどうするのか、話し合わなければならない。」


カナメは、すぐにその後を追った。

タクロウも、二人の後に続こうとした。

しかし、扉の前で、ふと足を止めた。

最後にもう一度だけ、モニターを振り返る。

暗い画面。

そこには、何も映っていない。


「......ゆっくり休めよ。」


小さく呟き、タクロウは部屋を後にした。

誰もいなくなった部屋には、静寂だけが残された。

暗くなった部屋を出ていこうとした、その瞬間。


『ごめんね。』


懐かしく、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、

タクロウは立ち止まり、振り返った。

そこには、何も映ってない黒い画面があるだけだった。


「......気のせいか?」


その時、懐かしい香りを感じた気がした。


「......ありす?」


聞き間違えるはずもない声。

懐かしい香り。

その声は確かに『ありす』だった。


「ありす......。」


タクロウの頬を、一粒の涙がこぼれ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。