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条例都市  作者: こころ
48/55

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「......タクロウ。」

メグミの問いかけに、タクロウは目を伏せたまま答えなかった。

「お前は、知っているな?」

「......。」

「私が生まれた理由も。

ありすが、私を生んだ理由も。」

静かな部屋に、メグミの声だけが響く。


タクロウはしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと顔を上げる。

「......すべてを知っているわけではありません。」

「嘘だ。」

メグミは即座に言い切った。

「なら、なぜあの時、私に『自分を責めないでください』なんて言った?」

「......。」

タクロウは答えない。

その沈黙が、何よりの答えのように思えた。

「タクロウ......。」


メグミが一歩、近づく。

「お前は、私のことをずっと知っていたのか?」

「......いいえ。」

タクロウは静かに首を横に振った。

「隊長が生まれた時のことは、知りません。」

「なら、何を知っている?」

「......ありすのことです。」

その名前を聞いた瞬間、メグミの胸が締め付けられた。


頭の中に、先ほど見た映像が蘇る。

白い部屋。

ベッドに横たわる女性。

その隣に立つ、ありす。

そして――

赤ん坊を抱く、ありすの姿。


「......ありすは、私のことをどう思っていた?」

タクロウが答えようとした、その時だった。

「大切にしていたと思います。」

代わりに口を開いたのは、カナメだった。

「......カナメ。」

「母から聞いた話です。」

カナメは静かにメグミを見つめた。

「ありすさんは、隊長が生まれる前から、ずっと隊長のことを気にかけていたそうです。」

「私が......生まれる前から?」

「はい。」

カナメは頷いた。


「研究がうまくいかない時も、何度も計画をやめようとしたそうです。」

「......なら、なぜ?」

「それでも、最後には続けた。」

カナメは少しだけ視線を落とした。

「母は、その理由をこう話していました。」

「......何?」

「ありすさんは、自分の命が長くないことを知っていたそうです。」

メグミの表情が固まった。

「......命が?」

「はい。」

「それなのに......。」

メグミは言葉を失った。

ありすは、自分の命が長くないと知りながら、研究を続けた。


その先に何が待っているのか。

どんな結末を迎えることになるのか。


それを、どこまで分かっていたのだろう。

「どうして......そこまでして......。」

誰に問いかけるでもなく、メグミは呟いた。

すると、カナメがゆっくりと口を開いた。

「......母が言っていました。」

「ありすさんは、隊長のことを『実験体』とは呼ばなかったそうです。」

「......。」

「いつも、『この子』と呼んでいたそうです。」

その言葉に、メグミの瞳が揺れた。

「研究者としてではなく......一人の人間として見ていたんだと思います。」


カナメの声は静かだった。

「だからこそ、ありすさんは、自分がいなくなった後のことも考えていたんだと思います。」

「......私のことを?」

「はい。」

カナメは頷いた。

「隊長の出生記録を残したのも、そのためだったのかもしれません。」

「でも......どうして、私に何も伝えなかった?」

「それは......。」

カナメは言葉を詰まらせた。

「私にも分かりません。」


その答えを聞き、メグミは俯いた。

自分の出生。

ありすの存在。

複製体という事実。

そして、ALICE。


知らないことばかりだった。

それでも、一つだけ分かったことがある。

ありすは、自分を生み出すために何かを犠牲にした。

それが、自分自身の命だったのかもしれない。

「......カナメ。」

「はい。」

「母上が預かった、もう一つの頼み事。」

メグミは顔を上げた。

「それは、本当に『最終工程』だけなのか?」

カナメは答えなかった。

「お前の母上は、ありすから何かを託された。」

「......はい。」

「だったら、その時のことを最後まで聞いているはずだ。」

「......。」

「何か、ほかにも言葉を残していたんじゃないのか?」

カナメはしばらく黙っていた。

そして――

ゆっくりと目を閉じた。


「......ありました。」

「......!」

メグミが息を呑む。

「母が亡くなる少し前に、話してくれました。」

カナメの声が、わずかに震える。

「ずっと、母の中に残っていた言葉だそうです。」

「それは......?」

カナメはメグミを真っ直ぐに見つめた。

「ありすさんが、母に最後に託した言葉です。」


短い沈黙。

そして――

「......この子が、幸せに生きることを。」

メグミの瞳が大きく開かれた。

その瞬間だった。

頭の奥で、何かが弾けた。


――白い部屋。

――小さな泣き声。

――誰かに抱かれている感覚。

そして――

目の前に立つ、一人の女性。

優しい目。

自分を見つめる、その顔。

「......あなたは......。」

女性が、静かに微笑む。

「あなたは、私が守るから。」

「......ありす......。」

メグミの頬を、一筋の涙が伝った。

それが、自分自身の記憶なのか。

それとも、ALICEに残された記録なのか。

メグミには分からなかった。


ただ――

その言葉だけは、不思議なほど胸の奥に残っていた。

「......私を、守る......。」

小さく呟く。

その後ろで、タクロウは何も言わなかった。

ただ、強く拳を握りしめていた。

カナメもまた、黙ってメグミを見つめている。

誰も口を開かない。

重い沈黙だけが、その場を包んでいた。

やがて、メグミはゆっくりと顔を上げた。


ありすは、なぜ自分を生んだのか。

なぜ、自分を守ろうとしていたのか。

そして――

なぜ、その命をALICEに捧げたのか。

その答えを知っているのは――

目の前にいる、タクロウなのかもしれなかった。


「ありす、君は......。」

タクロウは、あの時のありすを思い出していた。

「......あの時、君は......。」


――何があっても、私を信じてる?

――何? 急に。

あの日、ありすはいつもと変わらない笑顔で、そう尋ねた。

しかし、その瞳の奥には、どこか寂しげな色が浮かんでいた。

あの時、もっと深く聞いていれば。

彼女の言葉の意味を、考えていれば。

何かが変わっていたのだろうか。

「......ありす。」

タクロウは、そっと目を閉じた。


「......タクロウ?」

声に気づき、ゆっくりと振り向く。

そこには、どこかありすの面影を感じさせるメグミが、自分を見つめていた。

「......隊長。」

タクロウは、メグミの瞳を見つめた。

教えなければならないかもしれない。

自分の知る、全てを。

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