記憶
翌朝。
メグミは、ほとんど眠れないまま執務室へ向かった。
頭の中には、昨夜のタクロウの言葉が残っている。
『自分を責めないでください。』
「……どういう意味?」
自分に問いかけるように呟く。
見つけた古い記録。
『適合検査:問題なし』
対象者の名前は消されていたが、
検査を行ったであろう日付と、
施設番号だけは残っていた。
メグミは端末を操作して、検索をかける。
すると、古い医療施設の記録が表示された。
施設名は――
『国立先端生命研究センター』
「……こんなところで、何の検査を?」
さらに記録を開こうとした瞬間。
『――アクセス権限がありません』
「……また。」
メグミは小さくため息をつく。
そのとき。
背後から声がした。
「何を調べているんです?」
振り返ると、タクロウが立っていた。
「昨日の続き。」
メグミは端末を閉じない。
「適合検査について調べてる。」
タクロウの表情がわずかに変わる。
「……調べない方がいい。」
「どうして?」
「あなたには関係ないからです。」
「本当に?」
メグミがタクロウを見る。
「だったら、なぜそんな顔をする?」
「……。」
「私がありすのことを調べると、必ず止めようとする。」
一歩近づく。
「市長もだ。」
タクロウは黙っている。
メグミは続ける。
「ありすは何者なの?」
「……。」
「市長とありす。二人は何をしようとしていた?」
その言葉を聞いた瞬間。
タクロウの目が揺れた。
「……そこまで知っているんですか。」
「今まで知り得た情報から、推測した。」
メグミは答える。
「でも、まだ分からないことが多すぎる。」
「……。」
「市長とありすは、何かを行おうとした。」
「タクロウ、お前もそれが何かを知っている。」
タクロウは目を伏せる。
「……隊長。」
「何だ?」
「もし、あなたが自分の出生について知ったら……。」
一瞬、言葉を止める。
「……今まで信じてきたものが、全部変わるかもしれません。」
「出生?私が関係しているのか?」
タクロウはしばらくメグミを見つめるが、何も語らない。
「私が関係しているのなら、尚更私は知らないといけない。」
「……そうですか。」
それだけ言うと、タクロウは部屋を出いった。
その夜。
タクロウは一人、地下施設にいた。
目の前には、ALICEの中枢システム。
端末に表示されているのは、古い研究記録だった。
そこには三つの名前が並んでいる。
母体:杉野ありす
原対象:高野恵美
複製体:――――
タクロウは、その最後の欄を見つめる。
「……まだ消されてない。」
データを開く。
そこには一枚の写真。
黒く長い髪の似合う、幼い少女。
写真の下には、
『第七世代複製体』
という文字。
タクロウは静かに目を閉じる。
「……ありす。」
画面をスクロールする。
すると、さらに古い記録が出てくる。
その中の一つの記録を見つめる。
「……やっぱり。」
そのとき。
背後から、突然声がする。
「……何が、やっぱりなんだ?」
タクロウが振り返る。
そこにはメグミが立っていた。
「……隊長。付けていたんですか?」
「何を隠してる?」
メグミの視線が端末に向く。
タクロウは画面を閉じようとするが、一瞬遅かった。
メグミの目に、
『母体:杉野ありす』
という文字が映る。
「……ありす?」
メグミの胸がざわつく。
「それは、何の記録だ?」
「……。」
「答えろ、タクロウ!」
タクロウは黙ったまま、寂しそうな目をメグミに向けている。
メグミが一歩近づく。
「私と、ありすに何の関係がある?」
タクロウを押し除け、メグミが画面を見る。
そこに表示されたのは――
『母体:杉野ありす』
『対象:高野恵美』
そして、
『複製体:メグミ』
メグミの呼吸が止まる。
「……私?」
タクロウは目を閉じる。
そして、静かに言った。
「……見てしまいましたね。」
メグミは画面から目を離せないでいる。
「……嘘。」
「……。」
「……複製体?」
メグミの視線が。最後の文字に釘付けになる
「......メグミ。」
自分の名前。
何度見ても、それは自分の名前だった。
「......私が......?」
タクロウは答えない。
「私が......作られたっていうのか......?」
その沈黙が、答えのようなものだった。
「!?」
突然の頭痛に、メグミが膝をつく。
「隊長!」
近づこうとするタクロウを、右手で制した。
「何だ?何かが……」
タクロウが慌てて端末を操作する。
「触るな!」
「何をするつもりだ?」
「システムを閉じます。」
「……まだ知るべきではない。」
メグミの脳裏に、一瞬だけ映像が浮かんだ。
白い研究室。
泣いている赤ん坊。
その赤ん坊を優しく抱き上げる女性。
ありす。
そして、ありすが赤ん坊に向かって言う。
「……ごめんね。」
「あなたは……幸せに生きて。」
映像が消える。
「……っ!」
メグミが頭を押さえる。
「今の……は……?」
白い部屋の中で、一人の女性がこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫、あなたはあなた。」
優しく語り掛けながら、微笑んでいるその頬を、涙が流れている。
その表情には生気が感じられないほど、青白い。
「ごめんね。こんな形であなたを......。」
――これは?
私の記憶?
「ありす!!」
遠くで、懐かしい男の声が聞こえた。
「......隊長!!」
タクロウの声に、我に返ったメグミ。
「......大丈夫だ。」
ふらつきながら立ち上がる。
「......あの人は......。」




