残されたもの
深夜。
誰もいない部屋で、タクロウが端末を操作している。
画面にはALICEのシステム構成が映し出されていた。
普通の人間には意味を理解することすら難しい、複雑なデータ。
その中の『中枢演算領域』という表示を、タクロウはじっと見つめていた。
そして、そっと画面を触れた。
「......まだ、ここにいるんだな。」
静かな部屋に、キーボードを叩く音だけが響く。
タクロウは、画面に映し出されているデータを一つずつ確認していく。
「......これでもない。」
一つ一つ、丁寧に確認しては、次のファイルを開いていく。
ALICEには、危険人物を予測する演算システムとは別に、
『自己修復プログラム』が組み込まれている。
しかし、それを解除すれば、ALICEそのものが停止する可能性がある。
タクロウの手が止まった。
「......違う。」
「止めたいわけじゃない。」
再びキーボードに手を置く。
そして、何かを噛みしめるように、絞り出すような声で呟いた。
「終わらせたいんだ。」
メグミは市長の部屋を出た後、ありすに関する資料を調べていた。
市長は、何かを隠している。
『それが......彼女との約束だからだ。』
そう言った市長の顔は、どこか寂しげだった。
そして、その言葉を聞いたときにときに感じた、妙な既視感。
なぜ、自分はあの言葉を知っているような気がしたのか。
メグミは資料をめくっていく。
その中の、一つの古い記録が目に留まった。
『適合検査:問題なし』
「......適合検査?」
対象者の名前は記載されていない。
「誰の?」
さらに調べようとしたところで、端末にアクセスエラーの表示が出た。
「......またか。」
「埒が明かない。」
メグミはそう呟くと、椅子から立ち上がり、コーヒーを注いだ。
一口飲み、考える。
「......もう一度、直接聞いてみるか。」
端末を操作し、隊員の予定表を確認する。
そして、タクロウの予定に目を止めた。
「......今夜もう一度。」
その日の夜。
メグミはタクロウの部屋の前に立っていた。
ノックすると、気だるそうな声で返事が返ってくる。
「......どうぞ。」
ドアを開け、部屋に入る。
タクロウは端末に向かい、作業をしていた。
「タクロウ。」
「何です?」
メグミに目を向けず、端末に向かいながらタクロウは答える。
「......ありすのこと。何か知っているな?」
端末を操作していたタクロウの手が、一瞬止まった。
「......なぜ、そう思うんです?」
「資料を見つけた。」
メグミは、これまでに見つけた写真や資料について話した。
そして、最後に告げる。
「あなたが、『佐野拓樹』であることは、知っている。」
タクロウは何も答えない。
「市長も、あなたも、ありすについて何か隠している。」
しばらくの沈黙。
やがて、タクロウは端末からメグミに視線を向けた。
「......君は、知らない方がいい。」
タクロウが、ようやく答えた。
「それは、私自身に関係するから?」
しかし、タクロウは答えない。
再び端末へ視線を戻す。
「タクロウ!!」
思わず、メグミの声が大きくなる。
「私は、知らないといけない。」
「ALICEのことも......私自身のことも。」
「......。」
タクロウは何も答えない。
しばらくの沈黙。
これ以上は時間の無駄と判断し、メグミは部屋を出ようとする。
「......隊長。」
メグミが足を止める。
「......何だ?」
振り向くと、タクロウがこちらを見ていた。
その目はどこか儚く、寂しげだった。
「もし......全てを知ったとしても......。」
タクロウは一度言葉を止める。
「自分を責めないでください。」
「......どういう意味?」
「いずれ、分かります。」
そう言うと、再び端末に目を戻した。
メグミは何も言わず、部屋を出ていった。
メグミが出ていったあと、ポケットから一枚の写真を取り出した。
そこには、ありすと拓樹が写っている。
タクロウは写真を机の上に置く。
そして、再び端末を開いた。
『中枢領域:アクセス完了』
タクロウは画面を見つめ、静かに呟く。
「もう少しだ。」




