目的
メグミが立ち去ったあとも、タクロウはしばらく天井を見つめていた。
「……気が付き始めたかな。」
小さく呟き、頭を掻く。
そして、ゆっくりと立ち上がると、部屋を後にした。
長い廊下を歩き、一つの扉の前で足を止める。
周囲を確認してから、扉を開ける。
部屋の中には、古びた端末が一台だけ置かれていた。
タクロウは端末の前に座り、電源を入れる。
しばらくして、画面に一つの表示が現れた。
SYSTEM CORE
ALICE:正常
タクロウは、黙って画面を見つめる。
「……もう少し。」
キーボードに手を置き、いくつかの操作を行う。
そして――
ERROR
SYSTEM COREへのアクセスは禁止されています
「……やはり、一人では無理か。」
タクロウは小さく息を吐いた。
ポケットから、一枚のカードを取り出す。
古びたカード。
そこには、薄れかけた文字で一つの名前が記されていた。
『佐野 拓樹』
しばらくその名前を見つめたあと、
タクロウは端末の脇に置かれていた古いファイルへ手を伸ばす。
表紙には、こう記されている。
『開発責任者 杉野ありす』
その下には――
『システム構築協力 佐野拓樹』
タクロウは、そっとファイルに手を触れた。
「……ありす。」
静かな部屋に、その名前だけが響く。
「もう、十分だよ。」
目を伏せる。
「君は……十分すぎるほど頑張った。」
再び、ALICEの画面へ視線を戻す。
SYSTEM CORE
ALICE:維持
その表示を見つめるタクロウの表情が、わずかに曇る。
「……これ以上、苦しませるつもりはない。」
そして――
「俺が終わらせる。」
任務を終えたメグミが、自室へ戻ってきた。
椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。
「……あの娘ができて一年。」
倉庫で見つけた、ありすの記録。
あの一文が、何度も頭の中をよぎる。
『あの娘』
おそらく、あの写真に写っていた赤子のことだ。
しかし――
メグミは、そこからさらに調べていた。
ありすに子供がいたという記録。
その出生記録。
それらを調べても、該当するものは何一つ見つからなかった。
まるで――
最初から、その子供など存在しなかったかのように。
「……何を隠している?」
メグミはあの部屋で見つけた写真を思い出す。
写真の中で、静かに眠る赤子。
その子を抱いている女性。
杉野ありす。
そして、ありすの記録に残された『あの娘』という言葉。
「市長は……何を知っている?」
そして、もう一人。
「……タクロウ。」
ありすを知っている男。
自分に体術を教えてくれた師。
そして今、ALICEへ何らかの干渉を続けている。
「ありすは……何を残したんだ?」
メグミは目を瞑る。
その胸の中で、一つの疑問が生まれていた。
――あの写真に写っている子供は、誰なのか。
今はどこにいるのか。
「この子を見つけるのが、鍵か......。」
呟くと、椅子から立ち上がる。
窓辺に立ち、外を見ながら考えこむ。
メグミは窓辺に立ったまま、外の街を見つめていた。
整然と並ぶ建物。
規則正しく行き交う人々。
そして、そのすべてを監視する無数のカメラ。
この街は、ALICEによって管理されている。
だからこそ――。
「……存在しないはずがない。」
メグミは呟いた。
写真に写っていた、あの赤子。
ありすが残した記録には、確かに『あの娘』と書かれていた。
それなのに、出生記録は存在しない。
「だったら……。」
メグミは机の上に置かれた端末へ視線を向ける。
「誰かが、記録を消した?」
再び椅子へ戻る。
端末を起動し、ありすに関係する記録を一つずつ呼び出していく。
研究記録。
開発記録。
医療記録。
そして――関係者名簿。
その中の、一人の名前。
『佐野 拓樹』
「……。」
メグミの指が止まる。
その人物について記された資料の一部が、意図的に削除されている。
『閲覧権限がありません』
「……佐野拓樹。」
小さく、その名を口にする。
それだけだった。
しかし――
その名前が、ありすの記録の中に存在していた。
そして――。
自分が師と仰ぐ男。
タクロウ。
「……タクロウ。」
メグミは再び、その名を呟いた。
窓の外を見つめる。
「あなたは……一体?」
別の場所では――。
タクロウが、一枚の古びたカードを握りしめていた。
そこに記されている名前は。
『佐野 拓樹』
そして彼の目の前では、ALICEが静かに稼働し続けていた。
SYSTEM CORE
ALICE:維持
「……もう少しだ。」
タクロウはカードをポケットへ戻す。
「待っててくれ、ありす。」
静かな部屋に、その声だけが響いた。




