疑念
写真に写っていた赤子。
そして、タクロウの思惑。
メグミは混乱していた。
タクロウを止めれば、この件は収まるのか。
そう考えていた。
しかし、先日のファイルと写真が、どうしてもメグミの中で引っかかっている。
「あの子は……。」
その時、ドアをノックする音が響いた。
「失礼します。」
入ってきたのはカナメだった。
「隊長、ミーティングの時間です。お迎えにあがりました。」
「了解した。」
メグミは自分の腕時計をちらりと見る。
「タクロウが何を考えているのか……まずは確かめないとな。」
「隊長……?」
心配そうに、カナメが顔を覗き込む。
「いや、何でもない。」
そう言うと、メグミはいつものように帽子を手に取り、頭に被った。
「……行くとしよう。」
会議室には、すでに全員が集まっていた。
「すまない。遅くなった。」
一言だけ告げると、メグミは自席に座り、全員の顔を見渡した。
タクロウも、いつもと変わらぬ表情で自席に座り、
手元の資料に目を落としている。
――何も知らないような顔をして。
「では、本日のミーティングを始めよう。」
淡々と進められる会議。
やがて、すべての報告が終わった。
「――以上。本日も頼む。」
ミーティングの終了とともに、皆が席を立ち、それぞれの任務へと向かっていく。
その中で、タクロウも資料をまとめ、部屋を出ようとした。
「タクロウ。少しいいか?」
呼び止められ、タクロウが振り返る。
「何ですか?」
「いや……久しぶりに、一本お願いしたい。」
「私と……ですか?」
メグミからの突然の申し出に、タクロウは頭を掻いた。
「そうだ。少し身体が鈍っているようなのでな。」
「御冗談を。」
「頼む。」
メグミが珍しく懇願する。
しばらく彼女を見つめたあと、タクロウは小さく息を吐いた。
「……わかりました。」
「そうか。」
メグミの目が、わずかに嬉しそうに輝いた。
「……どうした?」
「いや……何でもありません。」
タクロウは、少しだけ不思議そうな顔をした。
訓練場の一室。
畳の敷かれた部屋で、タクロウとメグミが向かい合っていた。
タクロウは、構えているようには見えない。
力が抜け、覇気すら感じられない立ち姿。
それでも――
メグミには、一切の隙が見えなかった。
「――相変わらず。」
メグミが呟く。
「構えているだけですか?」
タクロウが、少しだけ笑う。
「……いや。」
メグミも構えを取りながら答える。
「相変わらずの隙のなさだ、と感心していた。」
「隊長もでしょう。」
タクロウが笑った。
次の瞬間――
メグミが一気に踏み込む。
しかし、タクロウはあっさりと身体を躱した。
「いやぁ、こわいこわい。」
軽く受け流しながら、タクロウがメグミの身体を崩す。
そのまま投げようとする――
だが、メグミは身体を捻り、どうにか逃れる。
そして、そのまま反撃へ。
互いに距離を取り、再び踏み込む。
攻防を繰り返しながら、二人は相手の隙を狙い続けた。
何度目かの攻防のあと――
いつものように、メグミの身体が宙を舞った。
そのまま、畳の上へ落とされる。
「……変わらないな。」
息を整えながら、メグミが呟く。
「何がです?」
タクロウが手を差し出す。
「あなたの投げ方だ。」
「……これしか、ないんですよ。」
苦笑しながら、タクロウはタオルを差し出した。
メグミはその手を借りて身体を起こし、タオルを受け取る。
汗を拭いながら、しばらく黙っていた。
そして――
「タクロウ。」
「なんです?」
「……昔、ありすとは仲が良かったのか?」
タクロウの手が、一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬。
だが、メグミは見逃さなかった。
「……どうして、そんなことを聞くんだい?」
タクロウは、いつもの穏やかな表情に戻りながら聞き返す。
「なんとなくだ。」
メグミは汗を拭きながら、淡々と答えた。
「そう……。」
タクロウはそれ以上、何も言わなかった。
ただ、手にしたタオルを握る指に――
ほんの少しだけ、力が入っていた。
「......隊長。」
「なんだ?」
「何か、気になることでもあるんですか?」
訓練場を出ようとしていたメグミに、タクロウが問いかける。
「……いや。」
扉を開けようとしていた手を止め、メグミが振り返る。
「タクロウは、一番の古株だろう。」
「ありす本人と面識があるのかと、考えただけだ。」
「......そうですか。」
タクロウは、それ以上何も聞かなかった。
「タクロウ、今日はありがとう。」
「いえ。」
そう礼を告げると、メグミは部屋を後にした。
一人残された訓練場。
タクロウはしばらく閉じた扉を見つめていた。
やがて、静かに天井を見上げる。
「......ありす。」
小さく呟いたその声には、いつもの穏やかさはなかった。




