記録
タクロウは、何かをしようとしている。
捨てたはずの名――『佐野拓樹』という名前まで使って。
一体、何をしようとしているのか。
考えながら歩いていたメグミは、いつの間にか一つの扉の前に立っていた。
倉庫として使われている、古びた部屋だった。
「……ここか。」
扉を開ける。
ギィ……。
長い間、使われていなかったのか。
部屋の中には、古びた紙と埃の混じった、独特の匂いが漂っていた。
薄暗い室内。
その奥には、いくつかの棚が並び、古いファイルが所狭しと収められている。
メグミは棚の前まで歩み寄ると、一冊ずつファイルを取り出し、
中身を確認していく。
「……違う。」
次の一冊。
「これも……違う。」
さらに一冊。
求めているものが、ここにあるのかさえ分からない。
それでも、何か手掛かりがあるはずだと、ファイルをめくり続ける。
そして――
「……?」
一冊のファイルに目が止まった。
表紙には、古い文字でこう記されている。
『ALICE最終調整記録』
「ALICE……。」
その名前を見た瞬間、なぜか胸騒ぎを覚えた。
まるで、何かに導かれるように。
メグミはファイルを開いた。
中に記されていたのは、開発者による日誌のような記録だった。
――
**6月2日**
ALICEが起動しても、システムエラーが多い。
予知演算の処理も、まだ思うように動かない。
他の作業も並行して進めなければならない。
例の件も、急がなければ。
――
「……例の件?」
メグミは眉を寄せた。
しかし、その意味までは分からない。
次のページをめくる。
――
**7月7日**
並行して進めていた、アレがうまくいった。
システムに使う例の件も含め、市長に報告をしよう。
これで、ようやく次の段階へ進める。
――
「システムに使う……?」
何のことだ?
疑問を持ちながら、メグミはページをめくる手を止めなかった。
――
**9月12日**
最終決断をする時が来た。
やはり、これは私自身のものを使うのがいいと思う。
あの人には、話せない。
もう二度と、会うことはない。
――
「……。」
メグミの表情が変わる。
「これは……杉野ありす?」
記録に残された文章。
そして、そこに書かれた日付。
読み進めるにつれ、これが杉野ありすによって残された
記録であることが分かってきた。
「彼女は……何をしようとしていた?」
さらにページをめくる。
――
**12月10日**
あの娘ができて一年。
私は……市長は、人として超えてはいけないものを――。
いや。
もう考えるのはやめよう。
――
「……あの娘?」
メグミの指が止まる。
「あの娘って……誰?」
答えは書かれていない。
それでも、胸の奥に小さな違和感が生まれていた。
さらにページをめくる。
――
**2月2日**
私の時間も、残りわずか。
後のことは、後継の職員に委ねた。
これで、このシステムは完成する。
そう信じている。
――
「……。」
メグミは黙ったまま、ファイルを見つめる。
『あの娘』
『例の件』
『私自身のもの』
意味の分からない言葉が、頭の中を駆け巡る。
だが、一つだけ分かることがあった。
この記録は、ALICEの完成だけについて書かれたものではない。
杉野ありすは、ALICEと並行して――
何か別のものを作っていた。
そして、それには市長も関わっていた。
「……一体、何を……。」
メグミの呟きが、誰もいない倉庫の中へ消えていく。
ファイルを閉じて、棚に戻そうとした時、
一枚の写真が挟まっていることに気づいた。
ゆっくりと、引き抜く。
写真には一人の女性と、その腕の中で眠る赤子が写っている。
「......彼女が、杉野ありす?」
写真を裏返す。
そこには、たった一行だけ、言葉が書かれていた。
『この子が、幸せに生きることを』
メグミは、その言葉を何度も読み返した。
『この子』。
一体、誰のことなのか。
そして――
なぜ、杉野ありすはこんな言葉を残したのか。
写真の中で眠る赤子を見つめながら、メグミは言葉を失っていた。




