存在しないID
「裏切者?」
ダイチの眉が吊り上がる。
他の幹部たちも皆、驚いた顔をしていた。
「いやいや、隊長。
急に何を言ってるんですか?」
タクロウもメグミの発言に驚きながら、
問い返した。
「驚くのも無理はない。
しかし、最近のALICEの
行き過ぎた指示もさることながら……」
メグミがカナメへ目を向ける。
それを受け、カナメが頷いて話し始めた。
「昨今のALICEに疑問を感じ、
独自に調査した結果、内部からシステムへ
干渉した痕跡を見つけました。」
「まさか……。」
コウジが思わず声を上げる。
「その、まさかだよ。コウジ。」
メグミの言葉に、室内の空気が一気に重くなった。
「疑いたくはないですが、
外部からの干渉は見つかりませんでした。」
カナメが淡々と告げる。
「それで、内部からの干渉と判断したわけですね。」
タクロウの問いかけに、
メグミは幹部たちを見渡しながら、
ゆっくりと口を開いた。
「そうだ。裏切者がいるということだ。」
「しかし、それは限られた者にしかできない。」
「そう。システムへの干渉権限を持つ者だけだ。」
その言葉に、幹部たちは互いの顔を見合わせた。
「市長ではないですか?」
ヨシキの問いに、メグミは即座に首を横に振った。
「それはない。」
「なぜ?」
タクロウは即答するメグミに聞いた。
「そもそも、ALICEの構想そのものは
市長の強い意思によるものだからだ。」
「では、他の誰かが?」
マユミの問いかけに、
メグミは困ったような表情を浮かべる。
「それは、まだわからない。」
「そもそも、システムへの干渉権限を持つ人物って、
どのくらいいるんです?」
コウジの質問に、カナメが答える。
「市長とシステム設計者を含めて、五名です。」
「では、犯人は簡単に見つかるのでは?」
タクロウが頭を掻きながら、メグミへ尋ねた。
「ところが、そう簡単な話でもない。」
メグミは一つ深いため息をつくと、再び口を開いた。
「カナメの調査によると、
アクセスに使われたIDは、
その五名の誰のものでもなかったそうだ。」
「……え?」
タクロウの表情が固まる。
「それって……どういうことです?」
誰も答えなかった。
部屋に、重い沈黙が落ちる。
やがてメグミが、静かに口を開いた。
「つまり――」
「本来、存在しないはずのIDが、
ALICEへアクセスしている。」
「存在しないID?」
ダイチが勢いよく立ち上がった。
「存在しないとは、どういう事です?」
マユミも思わず大きな声を出す。
「存在しない......というより、
存在すること自体がおかしいのだ。」
メグミの答えに一同は困惑した。
何を言っているのか理解できない。
そんな幹部たちを見渡しながら、
メグミは静かに続けた。
「なぜなら、そのIDの所有者は
もうこの世に存在していないのだから。」
「存在していない......?」
コウジの目が大きく見開かれる。
隣にいたヨシキも、驚いた表情を浮かべていた。
「IDの所有者は――『杉野ありす』。」
その名前が出た瞬間、部屋の空気が変わった。
「......杉野、ありす......。」
タクロウが、その名を呟く。
「しかし、彼女はもう亡くなっているはずです。」
カナメが淡々と告げた。
「亡くなった者のID?」
コウジが言葉を失う。
誰もが、同じ疑問を抱いていた。
死んだ人間のIDが、
なぜ今もALICEへアクセスできるのか。
そして――
「ありすが......ALICEに干渉している?」
タクロウの呟きに、メグミは答えなかった。
『杉野ありす』のIDでALICEに干渉している人物。
その人物は、
ALICEを使って何をしようとしているのか。
そして、いったい何を企んでいるのか。
ありす本人なのか。
それとも、ありすを騙る何者かなのか。
驚きと困惑に包まれる幹部たちを前に、
メグミは腕を組み、しばらく考え込んでいた。
やがて、椅子からゆっくりと立ち上がる。
そして、幹部たちを見渡しながら告げた。
「裏切者を――炙り出すとしよう。」




