裏切り
執行部のモニターには、いつものように街中の様子が映し出されている。
その無数の画面を見つめ、一人の男が静かに立っていた。
「これが、君の望んだものなのかい。」
画面を見ている男の目は、どこか寂しげでいて、
怒りがこもっているように見えた。
そうして、一枚のプレートに目をやる。
「......ALICE。」
「やはり、こうするしかないのかね。」
男は静かに端末へ手を伸ばした。
その日もいつものような日々が始まるはずだった。
隊長室で資料に目を通していると、一枚の報告書に目が止まった。
「......またか。」
最近の報告書には違和感があった。
赤信号を渡っただけの高校生が
「将来重大犯罪を犯す危険性あり」と判断され、
長時間拘束された記録。
今までとは違い、少し度が過ぎている感じを受けた。
以前のALICEでは考えられない判断だった。
「これも、か。」
つぶやいたその時、慌ただしくカナメが飛び込んできた。
「大変です!隊長!!」
「何事か。落ち着け。」
「落ち着けません!」
いまだ慌てているカナメを宥めるようにメグミは水を差し出した。
一口飲み、大きく息を吐いて落ち着きを取り戻したカナメに、
メグミは問いかけた。
「それで、何があった?」
「反乱です!!」
「反乱?」
カナメの言葉に驚きつつも、冷静に答えるメグミ。
「最近のALICEの異変、それに関して調査していたのですが......。」
「何者かがALICEに干渉した形跡があります。」
「外部から、ALICEに干渉しているのか?」
「いえ。外部からの干渉は見られません。」
「何?」
「外部から受けた形跡は一切見られません。」
「つまり......。」
「ALICEを操作できる権限を持つ者が、この中にいると思われます。」
カナメの言葉を聞いたメグミは、しばらく何も言わなかった。
「内部に、ALICEへ干渉できる者がいるということか......。」
メグミは静かに椅子へ腰を下ろし、思考を巡らせる。
システムへの干渉権限を持つ者。
それは、市長とシステム構築に携わった設計者だけのはずだった。
システム構想そのものは、市長の強い意思によって生み出されたものだ。
自ら書き換えるとは考えにくい。
残る可能性は一つ。
「設計者の誰か、か......。」
メグミは腕を組み、しばらく考え込む。
「考えているだけでは答えは出ない。」
静かに椅子から立ち上がると、カナメへ視線を向けた。
「カナメ。」
「はい。」
「至急、幹部全員を会議室へ招集しろ。」
「はっ!」
「ALICEに手を加えた裏切者を、必ず見つけ出す。」
メグミとカナメが会議室に入ると、すでに何人かの幹部が席についていた。
「何事ですかい?全体招集なんて。」
真っ先に口を開いたのは、とりわけ身体の大きな男だった。
執行部第一部隊隊長、ダイチ。
岩のような体躯を誇る、『執行部』随一の巨漢である。
「なんとも物々しい雰囲気だねぇ。」
隣で気だるそうに肩をすくめたのは、第二部隊隊長のタクロウだった。
さらにその隣では、コウジが腕を組んだまま無言で座っている。
「すまない。急ぎ共有したい事項があり、諸君らに集まってもらった。」
メグミは自席に腰を下ろし、幹部たちをゆっくり見渡した。
「......マユミがまだ来ていないようだが。」
カナメへ視線を向けると、代わりにヨシキが答えた。
「マユミさんから、『少し遅れます』と連絡を受けています。」
「そうか。なら構わない。」
メグミは再び幹部たちへ向き直る。
「皆に集まってもらった理由は、先ほども言ったとおりだ。
諸君らに伝えておきたいことがある。」
「何ですか。改まって。」
コウジが静かに尋ねる。
「ああ、それは――」
「すいませんー。遅れましたー!」
勢いよく扉が開き、マユミが駆け込んできた。
「遅いぞ、マユミ。」
メグミが鋭い視線を向ける。
「すいませーん。ちょっと用事があってー。」
悪びれた様子もなく頭をかくマユミ。
「もしかして、もう終わっちゃいましたー?」
「いや、これからだよ。」
タクロウが苦笑しながら答えた。
「これで、全員揃ったな。」
メグミは幹部一人ひとりの顔を見渡す。
「――諸君。我々の中に、裏切者がいる。」
「我々の中に、裏切者がいる。」
メグミの一言に、会議室の空気が一瞬で凍りついた。
誰もが互いの顔を見渡し、言葉を失う。
条例を守り、市民を守るために結成された『執行部』。
その中に裏切者がいる――。
誰が敵なのか。
誰を信じればいいのか。
静寂だけが、会議室を支配していた。




