最悪の選択
ありすはシステム構築を進めていた。
システムのベースは仕上がっている。
あとは人の脳をどう組み込むか。
適合する脳を探す必要があった。
だが、その答えは、ありすの中ですでに決まっていた。
理不尽な状況から、誰かを守るためのシステムを作るのに、
誰かの犠牲の上に成り立つなんて、おかしい。
「だから、私の命を使う。」
彼女は、自分の命が長くないことを知っていた。
現状、この選択が一番正しいと信じていた。
ただ、一つだけ心残りがあった。
恋人の『佐野拓樹』。
この計画を話せば、彼が反対することは分かりきっている。
この仕事を引き受けるときも、彼は最後まで反対していた。
もし本当のことを話せば、彼はきっとこう言うだろう。
「たとえ短い時間でも、最後まで君のそばで支え続けたい。」
だからこそ、ありすは何も伝えないと決めた。
これが、自分で選んだ最後の答えだった。
市長室。
二人は向かい合って座っていた。
「……以上が、システム完成までの最終工程です。」
説明を終えたありすは、静かに資料を閉じた。
二冊の資料を市長に差し出す。
市長はしばらく口を開かなかった。
やがて、小さく問いかける。
「……本当に、良かったのか。」
ありすは穏やかに微笑んだ。
「はい。」
「もともと、私は長く生きられる身体ではありません。」
渡した一冊の資料に目を向けて、寂しそうな表情を見せた。
「それなら、この命を誰かのために使いたいんです。」
その表情に迷いはなかった。
「残る工程は、一つだけです。」
「私の脳を、システムへ組み込みます。」
市長は目を閉じ、ゆっくりとうなずいた。
「……そうか。」
「既に作業工程は、他の研究者たちへ引き継いであります。」
「それからもう一つ。『執行部』の新たなリーダー候補ですが。」
「例の件も、ようやく目途が立ちました。」
市長は目を見開き、勢いよく立ち上がる。
「それは……本当か。」
「はい。システム構築と並行して進めていましたが、予定どおり進んでいます。」
「私たちは……最悪の選択をしたのかもしれない。」
市長は静かに椅子へ腰を下ろし、机の上に置かれた写真立てへ視線を落とした。
一人の少女が、無邪気な笑顔を浮かべている。
「……だが。」
「この選択が、誰かの未来を守る最善だったと……そう信じたい。」
それから数か月の月日が流れた。
『危険視予測演算処理システム』は完成し、静かに稼働を開始した。
そして、新たな組織――『執行部』が結成される。
訓練室に集められた隊員たちの前へ、一人の少女が歩み出た。
長い黒髪を揺らし、まっすぐ前を見据える。
「私の名は、『メグミ』だ。よろしく頼む。」
静まり返った室内に、その声だけが響く。
彼女の背後では、巨大なモニターにシステムの起動画面が映し出されていた。
その画面の下部には、一枚のプレート。
そこには、このシステムの開発コードが刻まれている。
**――ALICE。**




