静かになった男
男はガレージ前に立っていた。
いつものように、愛車をしばらく眺める。
何百時間もかけて改造した愛車が目の前にある。
しかし、何も感じない。
「....こんなにうるさかったかな。」
以前ならその音に誇りすら思っていたが、なぜだろう今は何も感じない。
何だろう。
バイクは好きだ。
....そのはずなのに。
今までの熱がどこか急に冷めていた。
「やるか――」
工具箱を開け工具を取り出す。
鼻歌を口ずさみながら、男はバイクをいじり始めた。
一台のバイクが国道を走っていた。
乗っているのは男だった。
コンビニに立ち寄り、缶コーヒーを手に戻る。
自分のバイクの傍に一人の男が立っていた。
こちらに気づくと、笑顔で声をかけてきた。
「やっぱりお前だったか」
男は軽く手を挙げた。
「よう。」
昔一緒に走り回っていた友人だった。
今はもう、結婚してバイクから離れているが、男と同じように
バイクをいじり、走ることが好きだった奴だ。
「懐かしいと思って。見かけて思わず立ち寄ったよ。」
友人はうれしそうに話しかけてくるが、
どことなく不思議そうにこちらを見ている。
「しかし――」
目線をバイクに戻す。
「これ、どうした?」
疑問を投げかけられるのも当然だった。
彼の知る、男のバイクは普通ではなかったはずだからだ。
だが、どうだ。
目の前のそれは、確かに男が乗っていたものではあるが、
以前とは姿が変わっていた。
いや、戻っていた。が正しいか。
「マフラーも....これ、純正か?」
「......。」
質問されるが、黙ってコーヒーを口にする。
「結構いじっていたよな?」
「もう、飽きたのか?」
矢継ぎ早に、色々聞かれていたが一言だけ返した。
「純正が一番だよ。」
男の言葉が信じられない、といった具合に振り返る。
「お前、本当に○○か?」
まるで幽霊でも見ているかのように、驚いていた。
「どういう意味だよ。」
笑いながら聞き返す。
「嘘だろ....。去年、新車より金かけたって自慢してたじゃねぇか。」
「普通が一番、だろ?」
男は友人の言葉を遮るように答え、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
確かにそこに立っているのは自分の知っている男だった。
いや、知っていた男だ。
つい先日も見かけたときは相変わらずの音で国道を走っていた。
しかしどこか雰囲気まで違う。
一般的にはこれが普通なのかもしれない。
だが、男の性格・好みをしっている者からしたら、立っている男は
まるで別人のように見える。
「いや、まぁ確かにそうだけど。」
もっと何か言いたげだったが、妻からの着信に
「すまん。」と一言だけいうと、電話に出た。
その間、男も出発する準備を始める。
「悪いな呼び止めて。俺行かないと。」
電話を終えると、男に伝えた。
「ああ。またな。」
男はヘルメットを被ると、静かにバイクに跨った。
そして、そのまま走り去っていった。
男のバイクの音が遠ざかっていく。
あれほど誇っていた爆音は、もう聞こえない。
友人はその後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。
「静かになったな……。」
それがバイクのことなのか。
それとも男のことなのか。
友人にも分からなかった。




