知らないまま
普段の様子と違う感じの夫の様子を見ながら、
女は朝食の準備をしていた。
昨日、ドライブから帰ってきた夫の目が
どこか遠くを見ているようで、
どこか怯えている感じだったが、何を聞いても
「問題ない。」の、返事しかしない。
何かあったのだ。
四十年連れ添った妻としての勘がそう告げていた。
いつもなら、出された朝食に何かしら言う文句も、
今朝はない。
それどころか、
「うまいな。」
の一言に驚かされたくらいだ。
嬉しい一言だが、逆に気味悪い。
普段なら絶対言わない一言をこの人は漏らしたのだ。
「あなた、何かあったの?」
意を決して、妻は男に問う。
「私の料理を褒めるなんて。
身体の具合でも悪いの?」
「ん?そうか?」
問いかけに答える夫の顔は、
長年寄り添ってきた見覚えのある顔。
だが、やはり。
昨日とは違う。
「それよりも、
天気もいいしこれから出かけないか?」
「あら、珍しい。あなたから提案なんて。」
いつもは誘うことはなかった。
それがどうだ。
今日は夫の方から、誘ってきた。
「そうね、天気もいいし、行きましょう。」
外出すれば、いつもの状態に戻るかもしれない。
そう考えて、誘いにのることにした。
「朝食を済ませたら、出かけましょう。」
外は昨日と同じく、晴天だった。
普段通り、助手席に座り夫の方へ目を向ける。
ハンドルを握る姿は、いつもと同じに見える。
気のせいかしらーー。
車は、家の前の道路から大きな国道へと進む。
いつもの車中のはずなのに、違和感を感じた。
はじめはそれが何なのかわからなかった。
しかし、すぐに気がつく。
夫の運転が優しいのだ。
普段から激しい運転をするわけではなかった。
が、どこか自分の正しさを押し通すような
運転をしていた。
例えば、今がまさにそれだ。
後ろに付いてきた車。
いつもなら、わざとスピードを緩めて、
相手の車を押さえ込む。
しかし、今日に限っては車線を変えて、
先に行かせた。
「あなた、ほんとにあなたなの?」
行動に女は驚き、男を見る。
「ん?何がだ。」
「だって、今ー。」
「あぁ、急いでいたんだろうな。
譲れて良かったよ。」
久しく見ない優しい笑顔で話す男に、さらに驚く。
「あなた.....。」
昨日、出かけた夫に何があったのかわからない。
しかし、目の前の夫は出会った頃のような、
優しい表情を見せていた。
女は、言いかけた言葉を飲み込み、笑顔を返した。
何があったのかはわからない。
けれど、今のあなたの方が好きかもしれない。
「この先に素敵なカフェを見つけたの。
行ってみない?」
今までの夫とは違う姿勢に、
女は驚きながらどこか嬉しさを感じていた。
何かあった。
それだけは間違いない。
しかしそれが何だったのか。
女は一生知ることはない。




