04-1. 分かれ道の境界で
香月が逃げるように駆け込んだのは食堂。
昼時の食堂は、大きな声で騒ぎ立ててスマホゲームで盛り上がるグループだったり、窓辺から荒れる海を気だるそうに眺める教員だったり、食券も買わずに持参した弁当に手をつける者だったりでごった返していて、いやに賑やかだった。
とはいえ、現実逃避するにあたってはうってつけの場所である。喧騒が満ちるこの場所なら、こんなぐちゃぐちゃにかき混ぜられた心も誤魔化してくれるだろう。それに何より、ここには水泳部員がいない。
とにかくさっさと昼食を済ませて心を落ち着かせる。冷静になったら、帰り際に日向のいる教室にでも立ち寄ろう。と、そんな算段だった。
しかしそんな悠長な考えが崩れるのに時間はかからなかった。
「なになに〜? 日向ちゃん、食券の買い方もわかんないの〜?」
聞き覚えのある名前に自然と思考が引き寄せられる。
おそるおそる目をやると、目の端で三、四人のグループを捉える。と同時に、胸の奥がズキリと疼いた。校則によって縛られた日本人らしい黒髪の往来に紛れて、目立つ亜麻色が堂々となびいている少女。
そこにいたのは紛れもなく赤羽日向だった。美しく傷んだ髪は彼女のこれまでを如実に物語っている。しかし今の香月にはその髪の揺れる様子が、まるで「私はこっちだ」と挑発しているように見えた。
日向は見覚えのない連中と談笑しながら食券機の前に立っている。一緒に昼食でもするのだろうか。
この食堂の喧騒の中でも、彼女の声はよく響いた。あの無邪気な笑顔も、軽く肩をすくめる癖も、香月は知っている。その全てを知っているはずなのに、いま目の前で繰り広げられている光景は見慣れたものではなかった。自由に海を漂う浮き輪のように、その姿はあまりに楽しげで。
どろりと、澱んだ心の水底から汚泥が噴き上がるのを感じた。
「えへへ、初めてだから。えーと、これと、これと……」
日向は照れくさそうに笑いながら、指先を迷わせながらも食券機のボタンを押していく。そして、出てきた券に驚きながら「これ取っていいの」などと馬鹿なことを言ってみせる。そこにはもう、自分と水を掻いているときのような凛とした面影はなかった。
「なんなんだよ……」
独りごち、卓に顔を突っ伏した。しかし目を瞑れば次は、彼女の一挙手一投足を恨めしそうに凝視して、挙句の果てには傷心するどうしようもない自分に気が付いてしまう。
昨日まではそうではなかった。
「なんなんだよ……これ」
しばらくして、受け取り口の方から先の団体の話し声が聞こえてくる。果たして、何らかの引力が働くようで無意識にそちらを一瞥した。
「日向ちゃん、小柄なのに結構食べるんだねー」
「ふふーん、今日は奮発したんだー、揚げ物なんて久しぶり!」
日向が純粋な笑みを浮かべている間、香月の目はその手元に向いていた。持っているのは――とんかつ定食と大きなパフェ。
「……は?」
言葉にならなかった。信じられなかった。一緒に弁当のレシピについて語らったはずの日向が、よりによって揚げ物やデザートを選んだなど。まるで己を軽んじるような選択に見えた。これまでの日々が色を失って、全部が嘘だと言われたようで。
「おい、日向!」
つい、考えもなしに声をかけた。




