第009話:仕様書の裏側と遺跡の工房
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
村を出た零とセレスは、追っ手であるラドの目を盗み、町にある教会の通信網に物理アクセスする。
零は中間者攻撃によってラドの報告パケットを改ざんし、
中央から「誤検知だった」という偽の撤収命令をラドに送り返すことに成功する。
追跡を撒いた二人は、世界のコードの秘密が隠されているかもしれない、
セレスの父親が遺した古い「魔法技師の工房(遺跡)」へと向かうのだった
「おかしいですね」
翌朝。町にある教会の宿舎、その最上階。 徴収官ラドは、手元で淡く明滅する「聖別台帳」を、冷ややかな目で見つめていた。
台帳には、中央総本山からの『承認印』と共に、簡潔な指令が刻まれている。
――【辺境村の魔力反応は、地脈の乱れによる誤検知と判明。調査を打ち切り、次の巡回先へ移動せよ】
「誤検知、ですか。昨日のあれが?」
ラドは窓の外、朝焼けに染まる町並みを見下ろした。 彼の背後では、出発の準備を整えた聖騎士たちが、怪訝そうな顔で控えている。
「徴収官殿、命令系統は正常です。本部の魔導伝達に間違いはありません。出発されますか?」
「いえ。騎士殿、あなたはこの命令の『時期』が、あまりに完璧だとは思いませんか?」
ラドは台帳を指先で叩いた。
「私が昨日、村で『招かれざる知性』の存在を確信した直後。そして、私がこれから強制捜査を始めようとした矢先に、この『中止』の知らせ。まるで、私の思考を先回りして、誰かが『不具合を隠蔽』したかのようだ」
「まさか。教会の伝達網を弄る者がいると?」
「もし、それが可能な者がいるとしたら。その人物こそが、昨日あの村にいた『未登録の特級魔力』の正体、あるいはその協力者でしょう。私は、自分の直感という名の『記録』を信じます」
ラドは台帳を力強く閉じると、予定されていた巡回ルートとは逆の方向を指差した。
「本部の命令には従います。形式上は『次の町』へ向かいましょう。ですが、騎士殿。道中、身軽な者二名を出し、あの村の周辺を徹底的に監視させてください。必ず、動きがあるはずだ」
一方、その頃。 零とセレスは、町の反対側の門から、深い森へと続く街道を急いでいた。
「よし。今のところ、追手はいない。ナビ、ラドの動きはどうだ?」
『マスター。傍受した通信ログによれば、ラド一行は南の街道へ移動を開始しました。私たちの偽装命令は、正常に機能したと思われます』
「フン、案外チョロいな。さて、セレス。あんたの言ってた『お父様の工房』ってのは、どっちだ?」
「はい。この森を抜けた先、古い遺跡の近くにあるはずです。父は、私が小さい頃にそこでずっと、何かを『直して』いたんです」
セレスが指差す先は、ラドが向かった南とは正反対の、北の険しい山脈だった。
「遺跡、か。もしかすると、そこにこの世界の『ソースコード』、魔法の仕組みを解き明かすヒントがあるかもしれないな」
俺はiPadの画面をスワイプし、地形データを更新した。 だが、その画面の端で、小さな「警告音」が鳴る。
『警告。背後、3キロメートル地点。微弱な魔力反応が二点。一定の距離を保ち、私たちを追跡しています』
「ちっ! やっぱりか! ラドの野郎、命令に従ったフリをして、『捨て駒』を残していきやがったな!」
俺は足を止め、背後の森を睨みつけた。 ハッキングで翻弄したつもりが、相手の「現場の勘」というアナログな防御壁に阻まれたのだ。
「セレス、走るぞ! ここからは『ステルス(隠密)』じゃない。速度勝負だ!」
二人の逃亡劇は、教会の追跡者との「物理的な鬼ごっこ」へと突入した。 森の中を駆け抜け、やがて視界が開ける。
「ハァ、ハァ。ここまで来れば、少しは距離を稼げたか」
生い茂る原生林を抜け、俺たちは切り立った岩壁の前に立っていた。 背後の森では、教会の追跡者たちが放つ「探知の光」が、蛍のように不気味に明滅している。
「あ、あそこです! 零様、あの蔦に覆われた岩の隙間!」
セレスが指差す先。そこには、人工的な加工が施された石扉があった。 それは、周囲の自然に溶け込むように巧妙に隠された、かつての「魔法技師」の隠れ家だ。
「ナビ。扉の認証を確認しろ。魔力じゃなくて、何か物理的な仕組みか?」
『マスター。扉の表面に、微弱な静電容量を確認。この世界の技術体系とは明らかに異なる、高純度の伝導体が埋め込まれています』
「なんだって? おい、これ――」
俺が恐る恐る扉に手を触れると、指先からiPadの充電が吸い取られるような、妙な感覚が走った。 すると、重厚な石の扉が、音もなくスライドして開く。
中に入ると、そこは「工房」と呼ぶにはあまりに異様な空間だった。
壁一面に張り巡らされた銅線のようなライン。床に転がる、見たこともない複雑な歯車と。
「なんだ、これ。サーバーラック(機材棚)か?」
埃を被った棚には、黒い箱型の装置が整然と並んでいた。
その形状、その質感。俺が元の世界で毎日見ていた、データセンターの機材に酷似している。
「父様は、ここでずっと、この『壊れた機械』を直そうとしていたんです。いつか、この世界の『間違った流れ』を正すためにって」
セレスが、棚の一角に置かれた古い記録媒体を手に取った。
「ナビ。こいつの読み取りは可能か?」
『外部入力を検知。接続用端子の形状が一致します。マスター、これより「過去の伝達記録」を展開します』
iPadの画面に、ノイズ混じりの映像が浮かび上がる。 そこに映っていたのは、セレスの父親。そして、彼が必死にキーボードのような装置を叩く姿だった。
「これを観ている者がいるなら、聞いてくれ。この世界の魔法。それは、かつての先祖たちが遺した『管理機構』の残骸だ。誰かがそれを意図的に歪め、自分たちの都合のいいように書き換えてしまった。私は、娘のセレスを……彼女を『世界の部品』にされるのを、防ぎたかったんだ」
「部品?」
セレスが、震える声で呟く。
―俺はその言葉の意味に戦慄した。親父さんがかけた魔法のロックを外した時、俺はただ「才能を権力者に利用されて普通の生活を送れなくなる」
と推測していただけだった。
だが違う。教会が「聖別登録」と称して高魔力者を囲い込んでいるのは、兵士や政治の道具にするためですらない。
この劣化した世界を物理的に維持するための、文字通りの『部品』として消費しているということか?
「セレス。教会の『聖別』ってのは、神の祝福なんかじゃない。あいつらにとっちゃ、あんたたちはこの狂ったシステムを動かすための……ただの『性能の良い電池』なんだ。親父さんは、その真実を知って……ふざけやがって」
『警告。入り口の扉に物理的な衝撃。聖騎士たちが、法執行の杖を使用して、扉の強制開放を試みています』
「親父さん。あんたの遺したこの場所、ありがたく俺が『管理者権限』を代行させてもらうぜ。
ナビ、この工房の全機能を呼び起こせ! 招かれざる客に、『アクセス拒否』を叩き込んでやる!」
俺はiPadをコンソールの中心へと叩きつけた。 古代の回路が、数十年ぶりに、本来の主(の代行者)を得て青白く脈動し始める。




