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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第1幕:Hello, Buggy World. ――強制ログインと絶望の仕様書――』
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第008話:猶予期間の終わりとネットワーク・ノード

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

セレスの魔法ロックを解除した翌日、村に教会の徴収官ラドが「未登録魔力」の調査にやってくる。

零はナビから偽装データを流し込み、村人全員の魔力波形を操作してなんとかその場をしのぐ。

しかし、教会の追及が本格化し、いずれ物理的な検問が行われるのは避けられないと判断した零は、村に迷惑をかけないため、そして世界のバグを直すためにセレスと共に村を出る決意をする


「行っちまったな。だが、これで終わりじゃない。あいつは明日、また来るぞ」


村の入り口。ラド一行を乗せた豪華な馬車が、悪路に車体を揺らしながら去っていくのを見送った。


「零様。あの人、町まで戻るって言ってましたけど、それなら明日の昼頃までは戻ってこられませんよね?」


ガストンが額の汗を拭いながら、俺の肩に手を置いた。その隣では、白髪の村長が杖を突きながら、震える声で呟く。


「おお、恐ろしい。あのような高貴な御方が、この貧しい村に何の用だというのじゃ」


「村長、落ち着いてくれ。あいつは引き際、あんたの家にあった台帳と、村の『人口記録』を丸ごと写していった。次に帰ってくる時は、今日みたいな『エラー』、つまり誤魔化しは通用しないぞ。あいつ、次は一人ずつ顔を突き合わせて、物理的な『検問』を始める気だ」


「検問? 村人一人一人を、聖騎士たちが力ずくで調べるというのですか」


「そうだ。そうなれば、俺の細工なんて関係ない。セレスを隠し通すのは不可能だ」


俺はiPadをバッグにしまい、セレスの顔を見た。 彼女は震える手で、自分の胸元をぎゅっと握りしめている。


―俺がロックを外さなければ。俺がここに来なければ。彼女は、不器用な魔法に悩みながらも、この村で平和に暮らせていたはずなんだ。


「セレス。荷物をまとめろ」


「えっ?」


「村にこれ以上の迷惑はかけられない。それに、あいつらが次に持ってくる『対策』を、俺が全部防ぎきれる保証もない。だったら、こっちから動くしかない」


「どこへ、行くのですか?」


「『中央サーバー』。いや、あいつらの総本山だ。あんたの父親がかけたロックの本当の理由と、この世界の理不尽な仕組みを俺が直接書き換え(デバッグ)しに行く」


夜の帳が下りる。 村の灯りが一つ、また一つと消えていく中で、俺たちはガストンや村長に「必ず戻る」とだけ告げ、裏道から森へと足を踏み出した。


iPadの画面には、最寄りの町へと続く「馬車のわだち」が、熱源感知で青白く浮かび上がっている。


『マスター。これより長距離の移動に移行します。バッテリー残量、および予備の魔石の確保が最優先事項です』


「分かってるよ。さあ、逃亡劇の始まりだ」


夜の闇に紛れ、数時間ほど歩き続けた頃。


「デカいな。村の人口の比じゃないぞ」


深夜。俺とセレスは、町の外壁を一望できる丘の上にいた。 眼下に広がるのは、石造りの建物が密集し、教会の尖塔が月を突くようにそびえ立つ中規模都市だ。


「あそこに、ラドさんたちがいるのですね」


セレスが不安そうに隣で身を縮める。


「ああ。だが、ただ隠れるだけじゃジリ貧だ。ナビ、町の周辺の『魔力トラフィック』、情報の流れをスキャンしろ」


俺がiPadを掲げると、画面上に無数の光の糸が、町の中央にある教会の尖塔へと吸い込まれていく様子が可視化された。


『マスター。町全体を覆う広域通信網ネットワークを確認。教会が各支部と情報をやり取りするための、専用の「回線」だと思われます』


「やっぱりか。あいつら、手紙じゃなくて魔導具を使ってリアルタイムで情報を同期してやがる。これに相乗り(タダ乗り)できれば、あいつらが俺たちをどう追い詰めようとしているか、筒抜けになるはずだ」


俺たちは物陰に紛れ、警備の薄い通用門から町へと潜入した。

宿場町の喧騒を避け、俺が向かったのは教会の裏手にある、魔力の「中継点ノード」と思われる古い石塔だ。


「セレス、ここで見張りを頼む。俺はちょっと、この『回線』にプラグを差し込んでくる」


俺は石塔の壁面に埋め込まれた、不自然に発熱している魔石に手を触れた。 そこには、教会の暗号化された情報が、絶え間なく流れている。


「ナビ、物理接続(物理接触)を開始。パケットをキャプチャしろ。解析デコードできるか?」


『アクセス開始。セキュリティ・ウォールを確認。非常に古臭いアルゴリズムです。突破ハックに成功しました。現在、ラド徴収官から中央サーバー、教会総本山への送信データを傍受しています』


画面に、汚い文字テキストが次々と流れていく。


【報告:第404号】 辺境の村にて「未登録の特級魔力」を確認。 記録装置の不調を装った、正体不明の「干渉者」の存在を示唆。 明日、聖騎士一個小隊を率いて強制捜査フルスキャンを実施する。


「やっぱりな。あいつ、俺の存在を完全に確信してやがる。おまけに『強制捜査』だと? 村がめちゃくちゃにされちまう」


「零様、そんな! 私たちのせいで、村の皆さんが!」


セレスが絶望に顔を伏せる。 だが、俺は画面の隅に表示された、別の「通信ログ」に目を止めた。


「待て。これ、逆探知できるぞ。ラドへの返信データ、中央からの『承認コード』がこれなら――ナビ、偽の『完了報告』を教会本部に送り返せ!」


『マスター、何を?』


「ラドの報告を途中で書き換える(改ざん)んだ。『未登録の魔力は、自然現象による誤検知エラーだった。調査は終了。これより次の町へ移動する』ってな!」


俺は指を弾かせ、偽のパケットを教会の魔力網へと流し込んだ。 これは、情報の「中間者攻撃マン・イン・ザ・ミドル」だ。


「よし。これで中央本部は『問題なし』と判断する。ラドの元には、明日になれば『引き返せ』という命令パッチが届くはずだ」


「えっ!? そんなこと、できるのですか?」


「ああ。ただし、あいつがその命令を『本物』だと信じれば、の話だがな」


石塔の影から、俺たちは再び闇へと消えた。 翌朝、ラドが「本部からの偽の撤収命令」を受け取った時の顔が見ものだ。





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