第007話:静かなるシステム監査
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
村で歓迎の宴が開かれる中、零はナビを使って周辺のインフラをスキャンする。
すると、セレスの魔力回路に彼女を「無能」に偽装する外部からの制限がかけられていることを発見する。
零がプロキシを突破してロックを解除すると、セレスは魔法を完璧に制御できるようになる。しかしその結果、教会の広域監視網に「未登録の高出力反応」として検知されてしまい、
零たちに追跡フラグが立ってしまうのだった
ハッキングから数日が過ぎた。
村の空気は相変わらずのどかだったが、俺のiPadのレーダーには、ずっと「赤いドット」が一つ、ゆっくりとこの村に近づいてくるのが映っていた。
「……来たか。早いな」
村の入り口。
ガストンたちが怪訝そうな顔で出迎えたのは、黒い法衣に身を包んだ、物腰の柔らかい男だった。
手には一冊の分厚い台帳を持っている。
「お騒がせして申し訳ありません。私は教会から参りました、魔力徴収官のラドと申します」
ラドと名乗った男は、優雅に一礼した。
その目は、優しげに見えて……まるで、不具合のあるプログラムを淡々と仕分けするデバッガーのような、冷徹な光を宿している。
「この付近で、非常に珍しい『未登録の魔力波形』が観測されまして。規約に基づき、その方の『聖別登録』の手続きに参りました。
神の恩寵を無届けで振るうことは、この地の安寧を乱す行為。速やかに出頭を」
広場でその光景を盗み見ていた俺の隣で、セレスが不安げに俺の袖を掴んだ。
「零様。あの人、私のことを探しに……?」
「ああ。セレス、落ち着け。あいつはまだ、あんたが『誰か』までは特定できてない。ただ、この座標に『誰か』がいることだけを知ってるんだ」
俺はiPadをバッグの中に隠し、そっと電源を入れた。
画面には、ラドが持っている「台帳」から放たれる、微弱なスキャン波形が映し出されている。
「あいつの持ってる台帳、ただの本じゃない。半径100メートル以内の魔力を強制的に共鳴させる『サーチ・プログラム』が組み込まれてる」
「共鳴? じゃあ、私が近くに行ったら……」
「バレる。よし、ナビ。アンチ・スキャン・プログラムを起動。セレスの周りに『偽の魔力ログ』をバラまけ。あいつの検索に引っかからないよう、ノイズで煙に巻くぞ」
『了解しました。ステルス・エミュレーション開始。マスター、これより「論理的な隠れん坊」を開始します』
俺は震えるセレスの肩を抱き寄せ、村の雑踏に紛れた。
教会のエリート徴収官 vs 異世界のデバッガー。
派手な魔法の打ち合いではない。バレたら終わりの、静かな「隠蔽」合戦の幕が上がった。
―「さて。この村の皆さんは、非常に敬虔で、魔力の清浄さが保たれているようですね」
徴収官ラドが、広場の中央で「聖別台帳」をゆっくりと開いた。
その背後には、重厚な鎧に身を包み、鋭い眼光を放つ二人の聖騎士が控えている。
彼らの手にする長槍は、ただの武器ではなく、魔力を帯びた「法執行の杖」だ。
俺のiPadの画面が真っ赤な警告で埋め尽くされる。
『警告:アクティブ・スキャンを受信。指向性の魔力パルスが村全体に放射されています。マスター、対象の検索条件は「未登録の高出力魔力」です』
「セレス、俺の影に隠れてろ。ナビ、偽装データの流し込みを開始。村人全員の魔力波形に、微弱なノイズを混ぜろ!」
ラドが台帳をかざし、村人一人ひとりの前を歩き始める。
彼が台帳に指を触れるたび、ページが淡く光り、その人物の魔力の格付けが記録されていく。
「おかしいですね」
数人を確認したところで、ラドの足が止まった。
「ガストンさん。あなたの数値は『12』。隣のそちらの女性も『12』。あちらで遊んでいる子供も『12』。この村の皆さんは、全員が寸分違わぬ魂の器をお持ちなのですか?」
「えっ? あ、ああ。俺たちはみんな仲がいいからな! なあ、みんな!」
ガストンが冷や汗をかきながら答える。
「全住民が同一の魔力波形。ハッ、愉快な冗談だ。何者かが意図的に『記録』を書き換えている。そうですね?」
ラドの視線が、ゆっくりと群衆の中を彷徨う。
俺は心臓の鼓動を抑え、iPadの画面に指を走らせた。
「ナビ、プランBだ! 全員の数値をバラつかせろ! ただし、セレスの数値だけは、最も平均的な『一般人』の数値に完全に同期させろ!」
「おや、数値が動き出した。ふむ、先ほどのは台帳の『一時的な不調』でしたか。では、次はそこのお嬢さん。あなたですね?」
ラドの指が、セレスを指した。
聖騎士の一人が、威圧するように一歩前へ出る。
『警告:対象の台帳が精密検査に移行。偽装を一枚ずつ剥がされています。正体が露見するまで残り30秒』
「チッ、しつこいな! ナビ、こうなったら負荷をかけろ! 村のあちこちから、偽の反応を一斉に発生させろ!」
――その瞬間。
「なっ、何だ!? あっちの井戸からも! 納屋からも! 聖なる魔力反応が!?」
聖騎士の一人が驚愕の声を上げ、槍を構える。
ラドの台帳が狂ったように光り、ページが高速でめくれ始めた。
「反応が多すぎます! 徴収官殿、台帳が、台帳の光が止まりません! 動作がおかしいです!」
ラドは苦虫を噛み潰したような顔で、白光を放つ台帳を無理やり閉じた。
「なるほど。この村には、教会の管理をあざ笑う『招かれざる知性』が潜んでいるようですね」
ラドの視線が、一瞬だけ、俺が隠れている方向を射抜いた。
「面白い。今日のところは、儀式具の不備として引き上げましょう。ですが、聖別からは誰も逃れられませんよ」
ラドは優雅に、しかし冷徹な警告を残し、二人の騎士を引き連れて村の入り口へと引き返していった。
「ふぅ。セレス、終わったぞ」
俺は背中を伝う冷たい汗を拭い、地面に座り込んだ。
『勝利条件達成。ですがマスター、対象は「不自然な現象」の存在を確信しました。次回の調査は、より強力なものになるでしょう』
「分かってるよ。これじゃ、ただの延命だ」




