第006話:フルスペック・スキャン
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
深夜の残業中に、バグだらけの異世界へ「外部管理者」として強制ログインさせられたエンジニアの
閃零。相棒のデバイス『ナビ』の力を借りて、暴走する魔法で自滅しかけていた少女・セレスを救出する。彼女の村へ案内された零は、村の浴場で熱暴走寸前だった魔石に熱電発電モジュールを繋いで急速充電を行い、インフラのバグを見事デバッグして村の英雄として歓迎されるのだった
村の広場に設けられた宴の席。 焼きたての肉と、例の『シトラスの抱擁』をふんだんに使ったエール(酒)が並ぶ中、俺は喧騒から少し離れた特等席に座らされていた。
「すごいですね、零様。あんなに怖かったガストンさんたちが、みんな笑顔ですよ」
セレスが隣で、少し誇らしげにエールを注いでくれる。
「勝手にインフラをいじったんだ。これくらいはしてもらわないと割に合わない」
俺はそう答えつつ、膝の上に置いたiPad……完全復活した「相棒」を起動した。 今なら電力は潤沢にある。フルスペックのスキャンが可能だ。
「ナビ、この村を中心にした『論理スキャン』を。物理的な地形じゃなく、魔力の流れ、システムの構造を可視化しろ」
『了解しました。エリア・スキャニング開始。半径5キロメートルの論理構造をデコードします』
画面に、格子状のワイヤーフレームが重なった村の俯瞰図が表示される。 そこには、肉眼では決して見えない「情報の糸」が張り巡らされていた。
「なんだ、これ。セレス、あんたの家の周りだけ、魔力のパケットロスが酷いぞ?」
俺が画面の一部を拡大すると、そこには明らかに「不自然なノイズ」が走っていた。
まるで、誰かが意図的にこのエリアの魔法効率を下げている(制限をかけている)かのような……。
『解析結果:該当エリアにおいて「権限エラー」を確認。セレス個人の魔力回路に、外部からの「実行制限」がかけられている可能性があります』
「アクティベーション・ロック? セレス、あんた。魔法が使えないのは才能がないせいじゃなくて、誰かに『封印』されてるんじゃないか?」
「えっ? ふ、封印?」
宴の賑やかさとは裏腹に、俺のiPadが映し出したのは、この平和な村に隠された、あまりに不条理な「バグ」の正体だった。
「待て。これ、ただの封印じゃない。定期的に外部のサーバー、いや、『教会』か何かの魔力源に通信を飛ばして、あんたの魔法出力を『制限値以下』に強制書き換え(上書き)してやがる」
iPadの画面には、セレスの体内を流れる魔力回路から、空の彼方へと伸びる細い「論理の糸」が赤く表示されていた。
「私が、監視されている、ということですか?」
「ああ。それも、あんたが魔法を使おうとするたびに『実行権限がありません』ってエラーを返されてる状態だ。これじゃあ、どんなに祈っても暴走するか、不発に終わるはずだよ。趣味が悪いな」
俺のエンジニア魂に、静かな怒りが灯る。 勝手にユーザーの機能を制限して、不具合(暴走)まで引き起こす「悪質なライセンス管理」。
これこそが、俺が最も嫌う『ク〇仕様』だ。
「セレス。ちょっとじっとしてろ。今から、この『不当な規約』をぶち壊す」
俺はiPadの仮想キーボードを高速で叩き始めた。 プログラミング言語ではない。
ナビが翻訳した「魔力の言語」を直接操作する、異世界のコマンドプロンプトだ。
「ナビ。セレスの魔力回路を『ローカル・サンドボックス化』しろ。外部通信を遮断し、認証プロトコルをダミーデータで偽装する(エミュレート)」
『了解しました。ライセンス・バイパス開始。セキュリティ・ウォールに接触。解析中』
セレスの体が、淡い青白い光に包まれる。
「零様、何か、頭の中が、急にスッとするような」
「よし、プロキシを突破した。残るはルート権限の奪取だけだ。ナビ、最後の認証を力ずくでこじ開けろ!」
画面上のゲージが100%に達し、一瞬の静寂の後。
――『認証完了。セレス個体の全魔法権限、開放』
その瞬間、セレスを包んでいた青白い光が、淀みのない透明な輝きへと変わった。
彼女がそっと手をかざすと、指先から溢れる魔力は暴走することなく、まるで彼女の呼吸の一部であるかのように、穏やかに、かつ力強く空間に溶けていく。
「零様。私、身体がすごく軽いです。魔法が、私の言うことを聞いてくれる!」
喜びに瞳を輝かせ、何度も自分の手を見つめるセレス。 だが、その傍らでiPadの画面を凝視していた俺の指が、ふと止まった。
「おい、ナビ。今のロックの構造、これ、多重暗号化されてたよな? 誰が組んだんだ、これ」
『解析結果:このロックは悪意によるものではありません。―魔力の減衰率、および回路の保護ロジックから推測される目的は「秘匿」です。対象が高い魔力指数を検知されないよう、意図的に「無能」として偽装するパッチが当てられていました』
「……秘匿、だと?」
俺は、セレスが大切に持っていたという古い魔法の本の裏表紙に、掠れた文字で書かれた「父より」という一言を思い出した。
―親父さんは、あんたを守りたかっただけなんだな、セレス。
わざわざ『無能』に偽装する複雑なロックを組むなんて、よっぽどの理由だ。
”規格外の魔力”を持っているとシステムにバレれば、権力者に目をつけられ、この世界じゃ「ただの女の子」としては生きられなくなる。
親父さんはそれを恐れて、わざと「バグ」を仕込んでおいたんだ。
それを、俺は何も知らずに……。
『通知:セレス個体の魔力波形が、広域監視網に「未登録の高出力反応」としてログ保存されました。―中央サーバーへのデータ同期を確認。追跡フラグが設定されました』
「っ、ク〇! バックドアを開けただけじゃない。管理者側に『ここに規格外の奴がいますよ』って広告を出しちまったのか!」
喜び勇んで魔法を試そうとするセレス。 だが、iPadが映し出す「論理の海」では、見えない包囲網が音もなく、着実にこの村へと絞られ始めていた。
「セレス、悪い。今日はもう、魔法を使うのは終わりだ。いや、しばらくは絶対に使わないでくれ。頼む」
「えっ? あ、はい。零様がそう仰るなら。でも、どうしたのですか? そんなに怖い顔をして」
「何でもない。いや、何でもなくないな。とにかく、今夜はもう寝よう」
俺は、自分の「ハッキング」が彼女の運命を決定的に変えてしまったことに、言いようのない重圧を感じていた。
遠くの夜空、星の動きとは違う「光」が、ゆっくりとこちらの方角へ向かって動き出しているのを、俺だけがiPadのレーダーで捉えていた。




