第005話:デバッグ禁止区域
現代日本から異世界へ強制転移させられたエンジニアの閃 零。
彼は手持ちのiPadを通し、この世界の魔法を「プログラムコード」として視認・改変できることに気づく。
魔法を暴走させていた少女・セレスを救い、共に魔物を撃退した零だったが、iPadのバッテリーが尽きてしまう。
保護された村で相棒を再起動させるため、零は村のインフラである「常熱の魔石」のハッキングに挑む!
「おい、待て待て待て! 何をしてやがる、貴様ッ!」
村の共同浴場。湯煙が立ち込める石造りのボイラー室に、野太い怒声が響いた。
入り口に立ちはだかったのは、丸太のような腕をした村の自警団員たちだ。
俺は今、風呂の熱源である『常熱の魔石』の土台に這いつくばり、バッグから取り出したアルミ板と、被覆を剥いた銅線を無理やり巻き付けている最中だった。
「何って、見て分かんねえか? パワーマネジメント(熱電発電)の構築だよ。邪魔だ、今いいところなんだから退いてくれ」
「何をわけのわからない言葉を喚いている! 貴様、神聖な魔石に何という罰当たりな真似を! セレス、この男、恩人どころかただの変質者じゃないか!」
言葉の通じないガストンが激昂する。後ろでセレスが顔を真っ青にして、必死に通訳に入った。
「ち、違いますガストンさん! 零様は、その、板様の『呼吸』を整えるために、少しだけ熱を分けてもらっているだけで!」
「石にゴミを巻き付けて何が呼吸だ! おい、その汚ねえ板を離せ! 石が穢れたら、明日から村の奴らがお湯に浸かれなくなるんだぞ!」
ガストンが俺の襟首を掴もうとする。俺は身をかわし、魔石のクラックを指差してセレスに叫んだ。
「セレス、訳してくれ! この石、表面温度が一定じゃない。結晶の右側に『熱の偏り(歪み)』が出てる。このままだと、あと三日で熱暴走して割れるぞ、ってな!」
「えっ!? あ、あの、ガストンさん! 零様が、魔石様に熱の歪みが出ていて、このままだと三日で割れてしまうと!」
「はあ!? 何をデタラメを」
ガストンが動きを止める。 俺は強引に腕を振り払い、まだ画面の点かないiPadの真っ黒な表面を、魔石の「歪んでいる」箇所にかざした。
「そ、それは。確かに、昨晩から湯鳴りが激しくて、源泉が煮えくり返るような」
男たちが顔を見合わせ、言葉を詰まらせた。 村のインフラが、実は「目に見えないバグ」を抱えていたという事実。
「これ(iPad)に少しだけ電気(魔力)を分けてくれれば、俺がその『歪み』をバイパスしてやる。お湯も元通り、こいつの腹も膨れる。ウィン・ウィンだろ? 文句あるか?」
俺が日本語で言い放つと、セレスが慌てて言葉を繋ぐ。
「ええと、板様に少し魔力を分けてくれれば、魔石様を直して元の通りにできるそうです! だからお願いです、信じてください!」
「わ、分かった。だが、もし石を壊してみろ。貴様をそのまま一番風呂の底に沈めてやるからな!」
ガストンの険しい顔に、俺はニヤリと笑った。
「交渉成立って顔だな。セレス、悪いがそこで見張っててくれ。今からこいつを、強制冷却する」
俺は熱電モジュールを魔石の急所に押し当てた。 熱を吸い上げ、電力に変える。 同時に、石に溜まった過剰なエネルギーを、俺の「相棒」という名の巨大なコンデンサへと流し込む。
一秒。十秒。 そして、ついにその時が来た。
――『システム・チェック、オールグリーン。急速充電を確認。おはようございます、マスター』
iPadの画面が、これまでで最も鮮やかな輝きを放ち、完全復活を遂げた。
「よっしゃあ! オンラインだ!!」
俺が湯煙の中で叫ぶと同時に、不気味に響いていた魔石の唸り音がピタリと止まった。石の表面に走っていた不自然な熱の亀裂が、まるで毒が抜けたように穏やかな光へと戻っていく。
「お、おい。音が止まったぞ?」
「源泉の吹き出しも落ち着いた。魔石が、正常に戻ったのか?」
ガストンたち村の男たちが、唖然として俺の手元と魔石を交互に見ている。
俺は一息ついて、iPadの画面をスワイプした。
『マスター、魔石のオーバーヒートをバイパスし、電力への変換による冷却に成功しました。村の熱源インフラは、向こう10年は安定稼働する見込みです』
「聞いたか。当分は爆発の心配はねえよ」
俺の日本語が、再起動したナビを通して村人たちに直接翻訳されて響く。
「な、今、言葉が? まさか、その板が喋っているのか!?」
ガストンが目を見開いて後ずさった。
「俺の相棒の通訳機能が戻ったんだよ。これでやっと、直接話ができるな」
俺がぶっきらぼうに言って立ち上がると、ボイラー室の入り口近くで固唾を飲んで見守っていたセレスが駆け寄ってきた。
「零様! 本当に無事なのですか!? 魔石様は?」
「ああ。ちょっと『メンテナンス』してやったよ。これでお湯が煮えることも、石が割れることもない。さあ、邪魔だ。服が濡れる。外に出るぞ」
俺がセレスやガストンたちを促してボイラー室を出ると、外には騒ぎを聞きつけた村人たちが集まっていた。
一瞬の静寂。 それから、ガストンが俺の肩を壊さんばかりに叩いた。
「ハハハッ!! まさか本当に直しちまうとはな! 疑って悪かった、零! 貴様、ただの不審者じゃなかったんだな!」
「不審者は……あ、まぁいいか。自分で言ったしな。おい、いてぇ。揺らすな。まだ充電中なんだよ」
「まあいいじゃねえか! 今日は村の救世主の誕生だ! 今夜は宴だぞ、野郎ども!」
わあああ、という歓声が上がる。 さっきまでつまみ出されそうになっていた俺は、一転して村の英雄として、熱烈な歓迎を受けることになった。




