第010話:強制終了(システム・ダウン)
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
偽の命令に勘付き、密かに追跡を続けていたラドの追っ手から逃れ、セレスの父親の工房(遺跡)へ辿り着いた零たち。
そこで親父さんの遺言ログをロードした零は、教会が魔法使いを世界のシステムを維持するための「性能の良い電池(生体バッテリー)」として消費しているという最悪の仕様に気づく。
父親がセレスに魔法のロックをかけていたのは、彼女を世界の部品にさせないための防衛策だったのだ。迫り来る騎士たちを前に、零は遺跡の防衛システムを起動し、管理者権限を代行して迎え撃つ。
「開け! 教会の名において、この禁域を封鎖する!」
石扉の向こう側から、聖騎士たちの怒号と、法執行の杖が放つ衝撃波が響く。 厚い石扉が、魔力の負荷に耐えかねて悲鳴を上げ始めた。
「零様、扉が! 壊されてしまいます!」
「慌てるな。ナビ、このコンソールの『基幹OS』――いや、制御核の掌握は済んだか?」
『マスター。接続完了。この遺跡は、かつての広域魔力網の「サブ・プロセッサ」として機能していたようです。防衛用プログラムの起動準備、整いました』
「よし。あいつらの杖に流れてる魔力の『周波数』を逆探知しろ。そこから、杖の動作を『強制終了』させる逆パッチを送信する!」
俺がiPadの画面上で、遺跡の魔石へと複雑なコマンドを流し込んだ瞬間。 扉の外で、耳を突き刺すような高周波の音が響いた。
「なっ、何だ!? 杖が、杖の光が消えるぞ!」 「馬鹿な、教会の法具が機能不全(動作不良)だと!?」
聖騎士たちの動揺が、扉越しに伝わってくる。 俺はさらに追い打ちをかけるように、遺跡の壁に埋め込まれた放熱孔を全開にした。
「ナビ、次は『高負荷』だ。扉の周囲の魔力密度を急上昇させろ。あいつらの防具を、ただの重たい鉄屑に変えてやる!」
『実行します。周辺魔力圧、最大。「アクセス拒否(拒絶)」の物理現象を発生させます』
「うわあああッ! 身体が、う、動かん! 鎧が、重すぎる!」
遺跡が放つ圧倒的な「圧力」に、騎士たちが次々と膝をつく。 魔法ではない。物理的なエネルギーの奔流による、冷徹なシステム防御だ。
――だが、その時。 iPadの画面に、これまでにない巨大な「外部干渉」の波形が映し出された。
『警告。町の方角より、高指向性の「遠隔伝達」を受信。強制的な上書き(オーバーライド)を検知しました』
「フフ。やはり、そこにいたのですね。姿の見えぬ『干渉者』よ」
遺跡の中に、ラドの冷ややかな声が直接響き渡った。 町にいるはずの彼が、教会の伝達網を強引に中継点として利用し、この工房へと「声」と「干渉波」を飛ばしてきたのだ。
「ラドか。わざわざ遠隔操作でお出ましとは、マメな男だな」
「あなたのやっていることは、この世界の秩序への明確な反逆です。その少女を引き渡しなさい。彼女は、聖なる機構を安定させるための『尊い調和の礎』。彼女を正しく配置することで、世界という全体が救われるのです。あなたは、その救いを拒むというのですか?」
「『礎』だと? 綺麗な言葉で飾ってるが、要するに『都合のいい部品』にしたいだけだろ。悪いが、俺の辞書に『生贄』なんて言葉は載ってねえ。ましてや、自分の娘を部品にしたくないって親父さんの切実な願いを、バグ扱いさせるわけにはいかないんでね!」
俺はiPadを両手で掴み、ラドの干渉波を力ずくで押し返そうとした。 画面上では、青い光(零)と、禍々しい紫の光が、遺跡の制御権を巡って激しくせめぎ合う。
「道理の通じぬ反徒ですね。では、どちらの『論理』が勝るか、試してみましょう」
ラドの冷笑と共に、遺跡の照明が激しく明滅し始めた。
「ぐっ! なんだ、この圧力は!」
iPadの画面が激しく明滅し、警告音が鳴り止まない。 遠隔地から「教会の伝達網」という太い回線を使って殴り込んでくるラドの干渉は、まるで津波のようだった。
『警告。遺跡の制御核に対する占有率、30%を突破。マスター、敵の認証レベル(権限)が上位すぎます。このままでは全システムを乗っ取られます』
「あいつ、この遺跡の『管理者パスワード』を知ってやがるのか! 正規ユーザーには勝てねえってか!」
スピーカーからラドの高笑い混じりの声が響く。
「無駄ですよ。この遺跡は、かつて我が教会が管理していた古い中継点の一つ。その構造、制御の鍵、すべては教典に記されています。名もなき反徒が、論理の積み重ねで私に勝てるはずがありません」
ラドの紫色の干渉波が、iPadの青い光をじわじわと隅へ追いやっていく。 このままでは、遺跡の防衛プログラムがラドの手中に落ち、扉の前の聖騎士たちがなだれ込んでくる。
「何か、何かねえのか! 親父さん、あんたなら『公式の鍵』を持ってる連中に、どうやって抗うんだ!」
俺は必死に、コンソールの裏側――埃を被った配線が剥き出しになっている箇所を、手探りで探し回った。 その時、指先に硬い感触が触れた。
「あ?」
そこには、流線型の遺跡の意匠とは明らかに不釣り合いな、『手作りの拡張ポート』があった。 ハンダ付けの跡すら見える、現代の電子工作のような無骨な端子。 その横には、殴り書きのような文字でこう刻まれていた。
――『裏口は、いつだって物理的に開くものだ』
「ハッ。親父さん、あんた最高だよ!」
俺はバッグから予備のUSBケーブルを引き千切り、端子を魔改造してそのポートに直接叩き込んだ。 論理で勝てないなら、物理で直接回路を書き換える。
「ナビ! 認証をスキップしろ! 内部バス(基幹回路)に直接介入して、ラドの権限を強制的に『ゲスト』に降格させる!」
『了解。物理接続を確認。プロトコル無視の強制介入を開始。管理者権限を剥奪します』
画面上の青い光が、ポートを通じて遺跡の心臓部へと一気に逆流した。
「なっ!? 何をした! 私の権限が消えた!? 台帳に『応答なし』と!?」
ラドの余裕のあった声が、初めて動揺に震えた。 俺は構わず、iPadの画面上で巨大な「削除(Delete)」ボタンを叩く。
「あんたの理屈は立派だが、こっちには現場の『特製パッチ』があるんだよ! ラド、通信切断の時間だ!」
――ドォォォォォン!!
遺跡全体が激しく振動し、ラドの紫色の干渉波が霧散した。
同時に、町へ続く伝達網から逆流した過負荷が、ラドの持っていた「聖別台帳」を焼き切ったはずだ。
『通信、切断。敵の遠隔干渉を完全に排除しました』
ナビの冷静な声が響き、工房に静寂が戻った。 扉の向こう側でも、法具を無効化された騎士たちが、重い鎧の音を立てて撤退していくのが聞こえる。
「やった。勝ったぞ、セレス」
「零様!」
セレスが俺に駆け寄り、その細い腕で俺の肩を支えてくれた。 だが、俺は知っている。
これでラドは、確信したはずだ。 この世界には、自分たちの「教典」には載っていない、未知の技術を持つ人間がいることを。
「親父さん。あんた、こんなヤバいものを遺していったんだな」
俺はコンソールの影で静かに光る、その無骨なバックドアを見つめた。
それは、世界という巨大なシステムに抗うための、唯一の「自由な隙間」に見えた。




