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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第3幕:Grand Patch ――世界再構築プロトコル――』
34/35

第034話:Analog Escape ――己の力と気球船――

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

すべての元凶を絶つため本拠地『空中聖堂』の最深部、基幹サーバールームへと到達した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』。

セレスをシステムに直結させ「意志なき幸福」へと強制アップデートしようとする教皇グレゴリオと対峙し、「原罪」の事実を突きつけられ絶望する零だったが、仲間たちとナビの言葉で再び立ち上がり、泥臭い論理とハッキングによる総力戦で教皇を打倒しセレスを救出する。

敗北を受け入れた教皇は、偽物だった自身の人生を「正しい論理」で上書きしてほしいと遺言を残し、全リソースを零へ譲渡して静かに息を引き取った。

教皇の全リソースを手にしたことで現代日本への「帰還ゲート」が開くが、零は元の世界への痛切な郷愁を振り切り、エンジニアとしての保守責任から帰還を破棄(Uncommitted)。

全てのエネルギーを世界全土への「大規模修正パッチ(グランドパッチ)」として放流する実行キーを力強く叩き込んだ。

パッチは正常に適用され、世界から魔法バグを支えていた基幹システムがシャットダウンされ完全に消滅する。

だがその代償として、最強の相棒・ナビは莫大な演算負荷に耐えきれず、零へ最後の皮肉と感謝を遺し、ただの重い石と金属の塊へと戻って完全に沈黙してしまう。

別れの悲しみに暮れる間もなく、魔法を失った超巨大な空中聖堂は「重力演算魔法」を維持できなくなり、凄まじい轟音と共に地上への墜落を開始。

かつての友と主であった教皇の骸へ最期のケジメ(手向け)を捧げたヨハネスとアルフレッドと共に、魔法も最強のガイドもない絶体絶命の状況下で、零たちは己の力だけを頼りに崩壊する聖堂からの決死の脱出劇へと駆け出すのだった。

「アルフレッド! 先頭を頼む! その大盾で、崩れてくる瓦礫を弾き飛ばして道を切り開いてくれ!」


「承知した! セレス殿は頼んだぞ、零!」


アルフレッドの太い腕から、意識が混濁しているセレスを受け取る。


俺は彼女の細い腕を首に回し、背中にしっかりと背負い直した。


魔法バグが消え去った世界。重力をごまかすチートはもう存在しない。


俺の背中には、彼女の身体が純粋な「質量」として重くのしかかってくる。


膝が笑いそうになるほど重い。


だが、背中越しに伝わってくるトクン、トクンという力強い心音と、その汗ばむような温もりが、彼女が確かに生きているという何よりの証拠だった。


「……れい、さま……ごめん、なさい……重い、ですよね……っ」


背中で、セレスが微かに目を開け、かすれた声で謝る。


「馬鹿言え。乗り心地は最悪だろうが、しっかりしがみついてろよ!」


背中越しに頷く感触が伝わってくる。


俺は落ちてくる大理石の破片を避けながら、崩壊する聖堂の回廊を全力で駆け出した。


「こっちじゃ! 古代の非常用脱出ブロックは最下層にある!」


ヨハネスが記憶の底から古い教典の地図を引っ張り出し、迷宮のような聖堂の正解ルートを指示する。


「クソッ、行き止まりです! 魔法の動力が落ちて、非常用の分厚い隔壁が物理的にロックされてますよ!」


先頭を走って索敵していたザインが舌打ちをした。


「退いてください。僕が『解剖』しますから」


アッシュは極細のピッキングツールを抜き放つと、隔壁のシリンダー錠へ外科手術のような精密さで突き立てた。


カチャ、チリッ……ガチャリ! 魔法のない純粋な物理錠。


それこそが、鍵師シーフである彼の最高の独壇場だ。


わずか数秒で重厚な隔壁がスライドし、道が開く。


「よし、入るぞ!」


最下層の巨大な格納庫。


そこに鎮座していたのは、ロケットのようなハイテクな脱出艇ではなく――巨大な気嚢(布)を畳んだ、古代の『熱気球船』だった。


「熱気球か! 理にかなってる! 魔法による重力演算がなくても、空気の温度差(浮力)という純粋な物理法則なら空は飛べる!」


「上の大きな袋の中に、熱い空気をため込めばその軽さで浮かび上がるんだ!」


俺が叫ぶと、デバッガーズの面々は即座に動き出した。


「なるほど、熱で袋を膨らませるのじゃな。だが、火はどうする!? 魔法はもう使えないぞ!」


ヨハネスの焦る声に、ハディージャが鋭く指示を飛ばす。


「ザイン! バーナーの油布に引火させなさい! アルフレッド、火花を!」


「応!」


ザインがバーナーのバルブを物理的にこじ開け、油を染み込ませた布をセットする。


アルフレッドが大盾の縁に自らの籠手を力任せに叩きつけた。


ガキィィィィンッ!! 鋼鉄同士が激突し、火打ち石の要領で激しい火花が散る。


それが油布に引火した瞬間、ボォォォォッ!! と轟音を立ててバーナーがオレンジ色の猛烈な炎を吹き上げた。


「よし、点火した! 気球が膨らむまで待機だ!」


熱い空気が気嚢へと流れ込み、ペチャンコだった布がゆっくりとドーム状に膨らみ始める。


だが、聖堂の崩壊は待ってくれない。


「上だッ!!」


ザインが叫んだ。


格納庫の天井が崩落し、何トンもある巨大な瓦礫の雨が、膨らみかけた気球へと降り注いでくる。


薄い布に瓦礫が一つでも直撃すれば、穴が空いておしまいだ。


「ここは私が支えるッ!!」


アルフレッドが跳躍し、気球の上部を覆うように組まれた『強固な鉄の骨組み(フレーム)』の上へと着地した。


布を傷つけないよう鉄枠に両足でしっかりと踏みとどまり、巨大な鋼鉄の大盾を頭上に掲げる。


魔法の強化はない、純粋な己の筋肉と骨格だけで、数トンの瓦礫を正面から受け止める。


ドゴォォォォンッ!!


「ぐおおおおおおッ!!」


凄まじい質量にアルフレッドの足元の鉄枠がひしゃげ、彼の口から血が飛ぶ。


だが、その巨体は一歩も引かない。 大盾からこぼれた無数の細かい破片は、下からザインが短剣の神速の連撃で全て弾き落とす。


「奇蹟殺し!!」


アッシュが叫んだ。気球がパンパンに膨らみ、浮力で船体が軋み上げている。


「今だッ!! 船に乗れェッ!!」


俺はセレスを背負ったまま気球船のゴンドラへと飛び乗り、腰のナイフを片手で引き抜いた。


「アルフレッド、ザイン、飛べ!!」


二人が瓦礫を弾き飛ばしてゴンドラへ飛び乗ったその瞬間。


俺は船体を床に繋ぎ止めていた太い固定ロープを、渾身の力で叩き切った!


バチィンッ!! 拘束を解かれた気球船が、純粋な物理法則(浮力)の力だけで、猛烈な勢いで上昇を開始する。


俺たちは崩落していく格納庫の天井の隙間をすり抜け、瓦礫と粉塵を置き去りにし、ついに崩壊する空中聖堂の外――果てしない虚空へと射出されたのだった。




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