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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第3幕:Grand Patch ――世界再構築プロトコル――』
33/35

第033話:Execute Grand Patch ――さよなら、相棒――

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

すべての元凶を絶つため本拠地『空中聖堂』の最深部、基幹サーバールームへと到達した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』。

しかしそこでは、囚われたセレスが巨大な大魔力炉と完全同期ディープ・マージされ、システム管理者である教皇グレゴリオが彼女の生殺与奪の権(タスクキル権限)を完全に握っていた。

自身もまた教団の犠牲者という悲惨な過去を持つ教皇は、人間の自由意志こそが悲劇を生むと断じ、全人類から心を奪い「意志なき幸福」へと強制アップデートしようと企んでいた。

さらに教皇は、零という異物を召喚するための魔力徴収の煽りを受け、セレスの親友・リリアの命が奪われていたという『原罪』のログを突きつける。

己の存在が悲劇を生んでいた事実に零は絶望に押し潰されるが、仲間たちの熱い言葉とナビの不器用な励ましによって「過去のバグは消せなくとも、未来のコードは書き直せる」と再び立ち上がる。

魔法を封じられた絶体絶命の絶対領域の中、デバッガーズはアルフレッドたちの泥臭い物理的サポートと限界を超えたハッキングによる総力戦を展開。

ついに教皇の管理者権限を迂回してセレスを強制解放アンマウントし、教皇の「完璧な論理」を完全に打ち砕く。

敗北を受け入れた教皇は、偽物だった自身の人生を「正しい論理」で上書きしてほしいと遺言を残し、全リソースを零へ譲渡して人間として静かに息を引き取る。

かつての友と主の死に、ヨハネスとアルフレッドは真摯なはなむけの言葉を贈った。

教皇の莫大なリソースを得たことで現代への「帰還ゲート」の構築が可能となり、零は元の世界への痛切な郷愁に駆られる。だが、エンジニアとしての保守責任と世界を救う覚悟を胸に、彼は帰還を破棄(Uncommitted)。仲間たちが見守る中、世界全土の魔法を消去する「大規模修正パッチ(グランドパッチ)」の実行キーへと力強く指を置くのだった――!


「実行(Enter)ッ!!」


俺が力強くキーを押し込んだ瞬間。 ナビの背面――古代の魔石と融合した基板から、目も眩むような青白い光の波が放たれた。


光は教皇から譲渡された莫大な全リソースを乗せ、足元の巨大な魔力炉を介して、教会の基幹ネットワークへと一気に逆流していく。


光の波はあっという間に空中聖堂を突き抜け、雲海を割り、世界全土へと瞬時に行き渡っていった。


直後。 俺の肌にまとわりついていた、重く粘り気のある「魔力」の気配が、嘘のようにスッと消え去った。


「……消え、た……?」 息を大きく吸い込む。肺に入る空気が、ひどく軽く、冷たく、そして澄み切っているように感じられた。


それは、魔法という不条理なバグが世界から消去され、純粋な物理法則だけの世界に戻ったという、何よりの身体的な実感だった。


だが、その代償はすぐに訪れた。


バチィッ……! ジュウウウウッ!


「……っ!?」 手元のナビが、肉が焼けるほどの異常な高熱を放ち、ひび割れたガラスの隙間から白煙を吹き上げた。


世界全土の物理法則を書き換えるという超絶的な演算負荷により、ナビに組み込まれた古代の魔石と地球の基板が、完全に限界を超えて焼き切れていくのだ。


『……マスター。大規模パッチ、正常に適用完了(Success)』


極限の排熱音に混じり、ノイズだらけの合成音声が響く。


『世界から、不正な論理バグは……完全に、消去されました』


バキバキにひび割れた液晶画面が明滅し、最後のメッセージを文字として出力していく。


『マスター。私の実行プロセス(タスク)は、これで全て終了です』


「……ナビ、おい、待て! お前まで消えることはないだろ! まだ電源を――」


俺が焦ってケーブルを繋ごうとするが、画面の明滅はどんどん弱くなっていく。


『……これからは、チートに頼らず、己の足で歩いてください』


ノイズに塗れたその音声は、最後まで皮肉めいていて。 けれど、これまでのどんな時よりも、優しく温かく響いた。


『非効率で、不完全で、人間臭い……私の、最高のマスター』


プツン、と。 小さな電子音を最後に、画面が完全にブラックアウトした。


「ナビ……? おい、ナビ!」 画面をタップしても、電源ボタンを何度押し込んでも、二度とあの見慣れたリンゴのマークも、十字のルーンも点灯することはなかった。


異常な高熱を帯びていたアルミ筐体は、手のひらの中で急速に温度を失い、冷たくなっていく。


世界から魔法が消えた今、それはもう、ただの重たい「石と金属の塊」でしかなかった。


本当は、気が付いていた。


世界から魔法バグを消去すれば、魔力を動力源として組み込んでいるこいつもまた、完全に沈黙してしまうことに。


俺は気が付いていたくせに、ずっと忘れていたフリをしていたのだ。 そしてナビもまた、その事実を知りながら、俺の決断を鈍らせまいと最後までその事実を伏せていた。


「……なんでそんな大事な事を”警告しない”んだよ……! 空気読みやがって……」


視界が、ぐにゃりとぼやける。 「お前はただの……ただの機械……」


目を瞑る。 深夜のオフィスからこの訳の分からない世界に召喚された直後、右も左も分からない俺に生存確率を提示してくれたこと。


酸っぱい果物にゴミみたいな硬貨を突き刺して、必死に充電したこと。


事あるごとに皮肉を言い、俺の行動を非効率だと文句を垂れながらも、最後まで俺の味方であり、最高の理解者であったこと。


色々な思い出が、頭の中に浮かんでは消えていく。


俺はゆっくりと目を開け、冷たくなった相棒を胸に強く、強く抱きしめた。


「……じゃねえよ。ありがとうな。相棒」


静寂が、サーバールームを包み込んだ。 誰もが、消え去った魔法の余韻と、役目を終えた機械への静かな祈りを捧げていた。


――だが、その静寂は、腹の底を揺らすような巨大な地鳴りによって無惨に引き裂かれた。


ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!


「なっ……!? 地震か!?」 アッシュがよろめき、ヨハネスが杖を突いて必死に踏ん張る。


「違う! 魔法が消えたんじゃ!」 ヨハネスが顔を青ざめさせ、天井を見上げて叫んだ。


「この超巨大な空中聖堂を空に留めていた『重力演算魔法』も……今のパッチで消滅したんじゃ!!」


ミシィッ……! バキバキバキィィィンッ!! ヨハネスの絶叫を裏付けるように、足元の大理石の床が大きく傾いた。


神聖なる白亜の巨柱が自らの凄まじい重さに耐えかねてへし折れ、天井から無数の巨大な瓦礫が雨のように降り注ぎ始める。


「キャアアアッ!」


「ハディージャ様、危ないッ!」


ザインがハディージャを庇い、崩れ落ちてきた大理石の破片を短剣で弾き飛ばす。


魔法という絶対的な安全圏を失った空中聖堂は、数万トンの純粋な「質量」へと戻り、凄まじい轟音と共に地上へ向けて自由落下を始めたのだ。


「……クソッ! 世界のバグを直した途端に、物理法則に押し潰されて死ぬなんて笑えねえぞ!!」 俺は動かなくなった相棒をバックパックに放り込み、叫んだ。


魔法は使えない。 完璧な正解ルートを導き出してくれる最強のガイド(ナビ)も、もういない。 残されたのは、崩壊しながら墜落していく閉鎖空間と、脆弱な生身の体だけ。


だが、俺たちの瞳に絶望はなかった。


「行くぞ、デバッガーズ!! 魔法もチートもない、俺たちの力だけで……ここから全員で生きて帰るぞ!!」

俺の叫びと共に、仲間たちが崩壊する巨塔の奥へと全力で駆け出そうとした、その時。


ヨハネスが駆け出す直前に振り返り、冷たい床に横たわる教皇グレゴリオの骸に向けて叫んだ。


「さらばだ友よ。埋葬できなくて済まぬ! ワシ達はまだ”そちら側”に行くわけにはゆかぬからの!」


言い捨てると、彼はきびすを返し、迷いなく走り出した。


アルフレッドもまた骸に向かって振り返ると、静かに空へ十字を切ってから駆け出す。


崩壊が迫る中、二人の行動を咎めるものは誰もいなかった。


墜落のカウントダウンが響く中、俺たちは生き延びるために全力で駆け出した。




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