第031話:Force Unmount ――強制解放と管理者の執念――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
教会の残酷な仕様を全世界へ一斉送信した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』は、すべての元凶を絶つため本拠地『空中聖堂』の最深部、基幹サーバールームへと到達する。
しかしそこでは、囚われたセレスが巨大な大魔力炉と完全同期され、システム管理者である教皇グレゴリオが彼女の生殺与奪の権(タスクキル権限)を完全に握っていた。
自身もまた教団の犠牲者という悲惨な過去を持つ教皇は、人間の自由意志こそが悲劇を生むと断じ、全人類から心を奪い「意志なき幸福」へと強制アップデートしようと企んでいた。
さらに教皇の冷酷な矛先は零に向けられ、一つの残酷な記録を突きつける。
それは、零という異物を召喚するための莫大な魔力徴収の煽りを受け、セレスの親友・リリアの命が奪われていたという『原罪』の事実だった。
己の存在そのものが悲劇を生んでいたことに、零は激しい自責と絶望に押し潰され、冷たい床にうずくまってしまう。
だが、仲間たち(デバッガーズ)の熱い言葉と、相棒・ナビの不器用な励ましが、零の凍りついた心に火を灯す。
過去のバグ(罪)は一生消せなくとも、未来のコード(アップデート)を諦める理由にはならない――。痛みを伴う生理的なリブートを経て再び立ち上がった零は、エンジニアとしての苛烈なロジックで教皇の「過去への執着」を真っ向から論破する。
そして、セレスを基幹システムから強制解放すべく、ナビの最大出力を以て教皇の管理者権限へと決死のハッキング(強行突破)を開始するのだった――!
「ナビ! ダイレクト・マナ・インテーク、最大出力!!
教皇のタスクキル権限を強行突破して、セレスの命を基幹システムから強制解放するぞ!!」
『了解(Roger)。……最終デバッグ・プロセス、実行します』
俺が実行キーを叩き込んだ瞬間、空中聖堂の最深部を覆っていた濃密な魔力が、凄まじい勢いで手元のナビへと吸い込まれ始めた。
バチバチと青白い火花が散り、莫大な演算負荷によってサーバールームの空気が急激に乾燥していく。
呼吸をするだけで喉の奥がカラカラに焼け、肌がひりつくような「リソースの奪い合い」の痛みが部屋全体を包み込んだ。
「熱ッ!? 奇蹟殺し、ナビと制御盤を繋ぐ物理ケーブルが魔力負荷で焼き切れますよ!」
アッシュが悲鳴に近い声を上げる。見れば、制御盤に突き刺した太いケーブルが異常な高熱を帯び、被覆がドロドロに溶け出していた。
「クソッ、ここで接続が切れたらセレスが――」
「……チッ、これだから乱暴なハッカーは嫌いなんです!」
アッシュは舌打ちすると、自らの両手で、真っ赤に焼け焦げそうな物理ケーブルを直接押さえ込んだ。
ジュウウッ、と彼の掌の肉が焦げる嫌な音が響く。
「アッシュ! お前、手が!」 「黙ってキーを叩いてください! 美しい物理接続を死守するのが、僕の仕事ですから……ッ!」
火傷の激痛に顔を歪めながらも、彼は狂気的な執念でケーブルを固定し続ける。
ナビの画面上では、教皇の管理者パスワードへの総当たり攻撃が、滝のような文字列となって激突していた。
『……マスター。対象のセキュリティは古代のシステムを間借りしているだけで、構造がひどく前時代的です。
「完璧な論理」と自称する割には、システム全容も理解していない随分と底の浅い管理者ですね。実に滑稽です』
(……間借り? システム全容を理解していない……?)
相棒の容赦のない毒舌(皮肉)が、極限の演算音に混じって凍てつく部屋に響き渡る。
(待て。今ナビが決定的に重要な事を言った気がする――?!)
だが、ゆっくりと思考を巡らせる余裕など、この絶体絶命の空間にはなかった。
「……あり得ない。不完全な心を持つお前たちや、その不快な機械が、私の完璧な論理を凌駕するなど……絶対に、あってはならないッ!!」
常に冷酷で優雅だった教皇グレゴリオの顔が、初めて醜い怒りと焦燥に歪んだ。
己のシステムが崩される恐怖と屈辱に駆られた奴は、管理者による制御を捨て、自らの両手で巨大な魔力の奔流を生成し始めた。
「アルフレッド、防壁魔法を――」
「駄目だ、零! ここは奴の絶対領域だ! 魔法を使おうとしても、すべて機械論理に『権限拒否』としてかき消される!」
アルフレッドの叫びの通り、俺たちの魔力は一切発動しない。
魔法による身体強化も、大盾の超加重も使えない完全なオフライン状態。
対する教皇は、サーバールームの全リソースを掌握し、俺たちへ向けて幾十もの『圧縮魔力レーザーの暴雨』を容赦なく放ってきた。
「させんッ!!」
凄まじい熱量を持った光の嵐の前に、赤錆の魔導鎧を軋ませたアルフレッドが進み出る。
魔法による強化のない純粋な己の筋力と、鋼鉄の大盾の質量のみで、その殺戮の光を受け止めた。
ズドォォォォォォンッ!! 超質量の光線が連続して大盾を打ち据える。
魔法で守られていないアルフレッドの腕の骨がメキメキと悲鳴を上げ、足元の大理石が砕け散って巨体が後ずさりする。
「ぐおおおおッ!! 零、ここは任せろ! お前は、手元の未来を打ち込むことだけを考えろ!!」
口から血を流し、炎の中で仁王立ちとなって吠えるアルフレッド。だが、盾の表面がドロドロに融け始めていた。
「魔法が使えないのなら! 直接攻撃で削るまでです!!」
褐色の美少年、ザインが壁を蹴って立体的に宙を舞った。
彼は手にした無数の暗器を教皇へと投擲する。
当然、それらは教皇の絶対的な魔法障壁に弾き落とされるが、ザインの狙いは刃ではなかった。
刃の柄に仕込まれていた『特製の目眩まし玉』がバキィッ! と弾け、強烈な閃光と煙幕が教皇の視界を一瞬だけ物理的に奪う。
「……目障りな虫が!」 教皇の魔法の狙いが僅かにブレる。その一瞬の隙を見逃さず、後方からハディージャが鋭い声を上げた。
「アルフレッド! 押し負けるんじゃないわよ!」 彼女は懐から、銀色に輝く小瓶をアルフレッドの盾の裏側へと正確に投げつけた。
「それは超高純度の冷却液よ! 盾が融けるのを防ぎなさい! あなたにはまだまだ活躍して、きっちり私の莫大な投資分を回収させてもらうんだからね! こんな所で死なれては困るのよ!」
パリンッ! と小瓶が割れ、極低温の冷気が盾の異常な熱を急激に奪い去り、融解寸前だった絶対防衛線をギリギリで持たせる。
仲間たちが命がけで作ってくれた時間。だが、教皇の持つ「管理者権限」の壁はあまりにも分厚く、正面からのパスワード解析はあと一歩のところで弾かれ続けていた。
「クソッ、ルート権限の壁が固すぎる! このままじゃアッシュもアルフレッドも保たない!」
指が痙攣するほどの速度でキーを叩きながら、俺は極限の焦燥に駆られていた。
(ダメだ、正面突破は無理だ! 違うアプローチ……さっきナビが言った言葉……何か、何がひっかかったんだ俺は?!)
(間借り……底が浅い……システムを理解していない……?)
頭の中で自問自答がぐるぐると空回りする。 そんな焦る俺の耳に、後方で杖を構えるヨハネスの鋭い声が届いた。
「零! 奴の土俵で正面から戦うな! ナビの言う通り、教皇はただ『管理者権限』を奪っただけの簒奪者じゃ! この古代のシステムの『創造主(開発者)』ではない!」
「――はっ!!」
ヨハネスの言葉が、俺の中で引っかかっていたピースを弾き飛ばした。
「奴は既存の機能を利用しているだけで、システムの全容など把握しきれておらん! 奴が手出しできていない、より古く強固な『未知の物理区画』が必ずこの聖堂のどこかに眠っているはずじゃ!」
その言葉を聞いた瞬間、火傷に顔を歪めていたアッシュがハッと顔を上げた。
「……なるほど、古い構造ですか。奇蹟殺し、爺さんの言う通りですよ! この制御盤の床下、大魔力炉から完全に物理切断されている巨大な独立区画の配線が走っています!」
アッシュは火傷だらけの手で床下の構造を指差した。
「奴は、足元にそんな非常用設備があることすら気づいていません! そこを迂回経路に使えば――」
「――奴の管理者権限を通さずに、内部からセレスの管を切り離せる!!」
俺は点と点が繋がったカタルシスに、思わず口角を歪ませた。
「終わりだ、グレゴリオ! お前の薄っぺらい理解度じゃ、この足元這うような物理迂回は塞げねえ!!」
俺はナビの実行経路を大魔力炉から床下の古い独立区画へと切り替え、セレスを繋ぐロック機構の裏側へと直接解除コードを流し込んだ。
「馬鹿な……!? 私の権限を通さずに、どこからアクセスして――やめろ! その娘は私の、完全なる世界のためのリソースだッ!!」
「未来へのコードは、こう書くんだよッ!!」
俺が最後の実行(Enter)キーを力強く叩き込む。 その瞬間。
パキンッ……! ピキキキィィィンッ!!
セレスの四肢と背中に深く食い込んでいた数十本の禍々しい水晶の管が、一斉に甲高い音を立てて砕け散った。
美しいガラスの破片が、雪のようにサーバールームの宙を舞う。
「あ……」 管から解放され、空中に投げ出されたセレスの細い身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
俺は制御盤を蹴り飛ばすように飛び出し、床に激突する寸前で彼女の身体をしっかりと両腕に抱き留めた。
「セレス!!」 「……れい、さま……?」
俺の腕の中で、セレスがゆっくりと虚ろな目を開く。
その身体は温かく、胸に耳を当てずとも、トクン、トクンという力強い心臓の鼓動がはっきりと伝わってきた。
原罪の象徴として俺を絶望に突き落とした彼女の命を、俺はついに、この手で生きたまま取り戻したのだ。
「……あぁ。おはよう、セレス。もう大丈夫だ」 俺が安堵の息を吐くと、彼女は安心したようにふわりと微笑み、再び静かな眠りについた。
生体バッテリー(セレス)という核を失った大魔力炉は、ブゥゥン……という重い稼働音を途切れさせ、完全に沈黙していく。
「……私の、完全なる論理が……意志なき幸福が……こんな、醜く不完全な感情の寄せ集めなどに……」
教皇グレゴリオはその場に力なく膝から崩れ落ちた。
自らの震える両手を見つめるその瞳からは、もはや狂気も冷酷さも消え失せ、完全な敗北と、己の人生の空虚さだけが残されていた。




