第030話:Logic vs Emotion ――原罪のログと未来へのコード――
バグ報告書:前回までの「異世界エンジニア」は~
教会の残酷な仕様「死者蘇生」の不都合な真実を全世界へ一斉送信した零たち反逆のチーム『デバッガーズ』
しかし、教会は「逆らえば蘇生した家族の魔力供給を絶つ」という冷酷な声明で火消しを行い、世界は民衆同士が愛を人質にリソースを削り合う最悪の同士討ち(ネットワーク・パーティション)へと突入してしまった。
すべての元凶を絶つため、零たちは密かに魔改造された漆黒の強襲揚陸艦で雲海の彼方に浮かぶ本拠地『空中聖堂』へと出撃。
アルフレッドの「物理ファイアウォール」を筆頭とした泥臭い連携プレイで凶悪な防衛機構を突破し、ついに最深部の基幹サーバールームへと辿り着く。
だがそこでは、囚われたセレスが巨大な大魔力炉と完全同期され、システム管理者である教皇グレゴリオが彼女の生殺与奪の権(タスクキル権限)を完全に握っていた。
「人間の自由意志こそが悲劇を生む」と断じ、全人類から心を奪い「意志なき幸福」へと強制的に再構築しようとする教皇。
彼はかつて自分自身が、教団の強欲な幹部たちが仕組んだマッチポンプの犠牲者であった凄惨な過去を語り、人間の心に対する激しい憎悪を露わにする。
さらに教皇の冷酷な矛先は零へと向けられ、一つの無機質な記録を突きつける。
それは、零という異物を世界に召喚するための莫大な魔力を捻出するため、辺境の医療魔導具から強制的にリソースを徴収したという『原罪』のログだった。
自分の存在そのものが、セレスの親友・リリアの命を奪っていたという残酷な事実を宣告され、零は激しい自責と絶望に押し潰され、冷たい床にうずくまってしまう――!
凍てつくような基幹サーバールームの大理石の床に、俺は両膝をつき、額を擦りつけんばかりにうずくまっていた。
「俺の存在が、リリアの命を奪った……」
床に顎を押し付ける形になり、大理石の凍てつくような冷たさが顎から容赦なく俺の体温を奪っていく。
それはまるで、この世界そのものから強烈に拒絶されているかのような鋭い痛みだった。
ハァッ、ハァッ……とパニックに陥った荒い呼吸を繰り返すが、背後で脈動する巨大な魔力炉の「ズン、ズン」という無機質な駆動音が、
俺の必死の呼吸音を無慈悲に、そして完全に掻き消していく。
俺個人の感情など、この冷徹なシステムの前では何の価値もないのだと突きつけられているようだった。
教皇グレゴリオが突きつけた無機質なログの羅列。
それは、どれだけ目を背けようとも消えることのない、俺がこの異世界に呼び出された代償(原罪)だった。
「お前の正義は、死体の上に築かれた偽善に過ぎない。……それが人間の自由意志の限界であり、醜悪さです」
教皇の冷酷な宣告が、絶望の底に沈む俺の背中へ重くのしかかる。
「零、さま……」 巨大な魔力炉に繋がれ、命を吸い上げられ続けているセレスが、虚ろな瞳から一筋の涙をこぼした。
「違う……俺は……」 俺の口から漏れるのは、掠れた自責の念だけ。
ハッキングのキーを叩く指は震え、完全に止まっていた。
だが、その時だった。
「……顔を上げろ、零ッ!!」
アルフレッドの怒号が、凍てつく部屋の空気をビリビリと震わせた。
「お前が己の罪に絶望し、ここで立ち止まるというのなら! 今、目の前で命を吸われているあの少女はどうなる!」
「……っ!」
「人間は弱い! 欲に塗れ、過ちを犯す! じゃが……!」
ヨハネスが杖を床に強く突き立て、教皇を睨み据えながら叫ぶ。
「過ちを犯し、絶望に打ちひしがれようとも! 己の過ちと向き合い、再び思考し、立ち上がるからこそ尊い『考える葦』なんじゃ!」
「……ええ。本当に、人間の心というのは面倒ですね。機械なら、部品を取り替えればすぐに直るのに」
アッシュが気怠げに頭をかきながら、ピッキングナイフをくるくると指先で回す。
「でも、あなたがここでただのガラクタみたいに止まっちまったら、僕の美しい『解剖』の時間が終わっちゃうんですけどね」
「そうよ。私はあなたに莫大な投資をしたの。
教会のインチキをぶっ壊して世界をひっくり返すって豪語した男が、こんなところでただの紙屑になるなんて許さないわよ、奇蹟殺し」
ハディージャが腕を組み、挑発的に微笑む。
デバッガーズの面々の言葉が、凍りついていた俺の耳に届く。
そして、手の中で限界を超えた稼働により熱を帯びたMark 2(ナビ)の画面が、静かに明滅した。
『……自責リソースの消費は極めて非効率です、マスター』
いつもの無機質で憎たらしい合成音声。だが、その声はどこか、寄り添うように優しかった。
『過去の実行ログ(過去)は改変不可能です。……しかし、これからのコード(未来)は、マスターの任意の入力によってのみ、書き換えが可能です』
その言葉を聞いた瞬間。 俺は無意識のうちに、異常な熱を帯びたナビのアルミ筐体を力強く握り直していた。
「――ッ!」 手のひらを焼く鋭い火傷の痛みが、パニックに陥っていた俺の意識を強制的に現実に引き戻す(リブートする)。
痛みが、感情の濁流に強引に楔を打ち込んだのだ。 ハァ、ハァと乱れていた心拍が、トクン、トクンと、一定の計算されたリズムへと急速に安定していく。
「……ああ。そうだな。お前らの言う通りだ」
俺はギリッと奥歯を噛み締め、冷たい大理石の床から、ゆっくりと立ち上がる。
自らの手でリリアの命を奪ってしまったという罪。それはもう見知らぬ他人の悲劇ではない。
一生背負って生きていくべき『既知のバグ』として、俺のシステムの奥底に重く、冷たく受容された。
顔を上げた俺の瞳は、もう絶望に濡れて焦点が合っていないものではなかった。
その瞳は、教皇の背後にある魔力炉の論理構造を、再び冷徹な『ハッカーの目』としてハッキリと捉え始めていた。
「……まだ立つか。自身の罪から目を逸らすというのですか」 教皇が、わずかに眉をひそめる。
「逸らさねえよ」 俺は、ナビを教皇へと真っ直ぐに突きつけた。
「俺がここに呼び出されたせいで、リリアの命が奪われた。……その過去のバグ(罪)は、一生消えねえし、無かったことにもできねえ」
俺の力強い声が、水晶の部屋に反響する。
「だがな! 過去のバグが消せないからって、ここで思考を止めて、未来のアップデートを諦める理由にはならねえんだよ!!」
教皇の能面のような顔に、初めて微かな「怒り」の感情が浮かんだ。
「……詭弁ですね。不完全な心(自由意志)がある限り、人間は必ず他者を搾取し、同じ過ち(悲劇)を繰り返すだけだ」
「繰り返さねえよ!」
「俺たちは不完全だ。すぐにバグを出すし、間違える! だが、バグが出たらその都度、泥水すすってでも原因を探して、
何度でもパッチを当てて修正していく! ……それが、人間の『自由意志』だ!」
俺は、教皇が背負う巨大な大魔力炉――奴が作り上げようとしている「意志なき幸福」のアーキテクチャを指差した。
「お前みたいに、過去の不具合に絶望して、心を奪ってシステムごと初期化しようとするヤツに……未来へのコードは書けねえんだよッ!!」
ロジックと、エモーション。 悲しい過去に縛られ、未来を固定しようとする教皇と、 罪を背負いながらも、未来をデバッグし続けようとする俺。
相容れない二つの思想が、ついに真っ向から激突する。
「……愚かな。もはや言葉は不要です。ここで全てを終わりにしましょう」 教皇が冷酷に指を振り下ろす。
ズゴゴゴォォッ! と、魔力炉がこれまで以上に激しく脈動し、セレスが苦痛に悲痛な叫び声を上げた。
「セレス!! 今助ける!」 俺はナビの画面を猛烈な速度でスワイプし、実行キーに指を叩きつける。
「ナビ! ダイレクト・マナ・インテーク、最大出力!!
教皇のタスクキル権限を強行突破して、セレスの命を基幹システムから強制解放するぞ!!」
『了解(Roger)。……最終デバッグ・プロセス、実行します』




