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異世界エンジニア  作者: 閃輪 零
『第3幕:Grand Patch ――世界再構築プロトコル――』
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第029話:Administrator's Privilege ――哀しき過去と原罪のログ――

バグ報告書レポート:前回までの「異世界エンジニア」は~

教会の残酷な仕様「死者蘇生ゾンビ・サブスク」の真実を全世界へ一斉送信ブロードキャストした零たち反逆のチーム『デバッガーズ』。しかし、世界は教会に依存する者と反逆する者に分かれ、愛を人質にした醜悪な同士討ち(ネットワーク・パーティション)へと突入してしまった。

すべての元凶を絶つため、零たちは魔改造された強襲揚陸艦で空に浮かぶ本拠地『空中聖堂』へと出撃。アルフレッドの「物理ファイアウォール」を筆頭とした泥臭い連携プレイで凶悪な防衛機構を突破し、ついに最深部の基幹サーバールームへと辿り着く。

だがそこでは、囚われたセレスが巨大な大魔力炉と完全同期ディープ・マージされ、システム管理者である教皇グレゴリオが彼女の生殺与奪の権を完全に握っていた。

「人間の自由意志こそが悲劇を生む」と断じ、全人類から心を奪い「意志なき幸福」へと強制的に再構築しようとする教皇。

その狂気のアーキテクチャに対し、元枢機卿ヨハネスが開祖の理念を掲げて真っ向から非難するが、

教皇は冷酷な笑みを浮かべ、己の凄惨な過去を静かに語り始めようとしていた――!

凍てつくような基幹サーバールーム。


「無意味ですね」と、人間の自由意志を最悪の欠陥と断じ、ヨハネスの非難を冷酷に一蹴した教皇グレゴリオ。


その氷のように冷ややかな視線は、やがてヨハネスから外れ、遠い過去の闇を見つめるように虚空へと向けられた。


「私はかつて、泥と飢えにまみれたスラムで生をうけました。腐臭の立ち込める路地裏で、明日生きる保証もない日々。

……そこへ救いの手を差し伸べてくれたのが、教会の慈悲深き光でした」


教皇は背後の巨大な大魔力炉を愛おしげに見上げる。


「私は神に感謝し、己のすべてを教会に捧げました。血を吐くような努力で教義を学び、やがて高位の祭司として、この聖域の深奥にある『古い記録』に触れる許しを得た」


そこで、教皇の瞳に宿っていた光が、スッと消え失せた。絶対零度の虚無。


「そこに記されていたのは、あまりにも醜悪な真実。

……幼少期の地獄のような環境から私を救い出した『教団の恩義』すら、実は仕組まれた自作自演の悲劇だったのです」


「なんだと……?」 零が息を呑む。


教皇は抑揚のない声で続けた。


「当時の強欲な幹部たちは、己の利益と教会の持つ魔力基盤を底上げするため、優秀な『魔力の器』を持つ孤児を効率よく集めようとした。

そのために、意図的にスラムへの配給を断ち、飢えと疫病を蔓延させたのです。

……そして、絶望の底にいる子供たちを『救済』という名目で拾い上げ、神の座を維持するための従順な『部品』として洗脳した」


ヨハネスが杖を握る手をわななかせる。

「なんという……開祖の教えを、そこまで歪めておったというのか……!」


アルフレッドもまた、かつて己がすべてを捧げた教会の根源的な腐敗に、ギリッと奥歯を噛み締めて顔を歪めた。


「……私たちが信じた光の裏で、そんな下劣な真似が……ッ」


彼らの絶望を意にも介さず、教皇は淡々と続ける。


「ええ。当時の彼らは、私の忠誠を疑わず、私を自分たちと同じ強欲な穴の狢だとタカを括っていた。

『真の仕様を理解し、これからは我々と共に搾取する側に回れ』と、私を共犯者として迎え入れようとしたのです。……本当に、愚かで滑稽な話だ」


「……ふん、下劣な投資マッチポンプね。でも、その結果生まれたのが、世界で一番タチの悪い『不具合』だなんて、かつての幹部たちも笑えないわね」


ハディージャが冷ややかに吐き捨てる。


アッシュも気怠げな声で同意した。


「……ええ。設計者の強欲さが、機械の構造全体を修復不可能に腐らせた典型的な例です」


ヨハネスは悲痛な面持ちで一歩進み出、教皇を睨み据えた。


「当時の幹部たちの強欲が、お前の心にどれほどの絶望を植え付けたか……私にも痛いほど分かる。

じゃが、だからといって、お前が全人類から心を奪う理由にはならん! それは彼らと同じ、いやそれ以上の傲慢ではないか!」


教皇がゆっくりと両手を広げる。


「傲慢? ええ、そうかもしれません。ですが……欲、野心、他者より優位に立ちたいというエゴ。

人間が心を持つ限り、必ず他者を搾取し、悲劇を生み出す。私の信仰も、救済も、人生のすべてが……人間の強欲が作り出した、ただの偽物の脚本に過ぎなかった!」


教皇の静かな声の底に、狂気のような憎悪が渦巻いていた。


「私は、人間の自由意志という最悪の欠陥に人生を弄ばれた。だからこそ、私にはこの不完全な世界を正す権利がある。

私自身もこの腐った教団の仕組みの犠牲者だからこそ、二度と悲劇を生み出さないための絶対的な管理者が不可欠なのだ」


彼は己の心を殺し、冷徹なことわりの一部となることでしか、己の存在意義と正気を保つことができなかった。


それは、狂気でありながらも、あまりに哀しい管理者の誕生の真実だった。


だが、教皇の瞳はすぐに冷酷な光を取り戻し、その氷のような視線を零へと突き刺した。


「正義を気取る異邦人よ。お前たちも同じだ。自由意志によって動き、他者を傷つけているではないか」


「……何が言いてえ」 零が睨み返す。だが、彼の背中には嫌な汗が伝っていた。


教皇が指先を動かすと、空中に浮かぶ一つの水晶モニターが、零の目の前へと滑り降りてきた。


「お前がこの世界に現れた時の、記録です」


そこに表示されたのは、無機質な文字列の羅列。 零が以前、荒野で読み解き、目を背け続けてきた『大召喚リソース強制徴収事件』の記録だった。


「お前という異物をこの世界に呼び出すため、私は莫大な魔力を必要としました。

ゆえに、品質保証のない辺境のエリアから、強制的に魔力の供給を断ったのです。……例えば、そう」


教皇は、魔力炉に繋がれて苦しむセレスへと視線を向けた。


「リリア、という名の少女の命を繋ぐ、治療魔導具からね」


「――ッ!!」 零の心臓が、早鐘のように激しく鳴り始めた。耳の奥で、ドクン、ドクンと警報のような嫌な音がガンガンと響く。


「や、やめろ……ッ!!」 零が叫ぶが、教皇は残酷に事実を宣告する。


「お前という存在が、お前の自由意志が、あの少女の親友を殺したのだ。お前の正義は、死体の上に築かれた偽善に過ぎない」


「黙れ、教皇! 零が望んで命を奪ったわけではないだろう!」


アルフレッドが大盾を構え、零を庇うように叫ぶ。

ヨハネスも杖を突いた。


「仕組みを悪用して他者の命を奪ったのは、お前自身じゃ!」


だが、教皇は冷酷に言い捨てる。


「望んだかどうかなど、この残酷な世界が導き出した結果の前では無意味です」


「え……? 零、さま……? 今、なんて……?」


太い管に繋がれたセレスが、虚ろな瞳を必死に見開き、震える声で零を見た。


「違う……俺は……俺は……ッ!」 零は両手で頭を抱え込み、冷たい大理石の床に膝をついた。


額を擦りつけんばかりにうずくまる零。 デバッガーズたちの怒りの声も、今の彼には届かない。


その絶望の姿を見下ろしながら、凍てつくサーバールームに教皇の静かで冷酷な笑い声だけが響き渡っていた。




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